第四百七十三話 釜石にて

狐崎城あらため釜石城 阿曽沼遠野太郎親郷


 二階堂征伐を終え、海路で釜石に入る。釜石についたところで二階堂が白河結城氏に簒奪されたという話が左近からもたらされた。


「そうか、それは白河は卑怯なやつであるな。それで二階堂の生き残りは確保しているのか?」


「白河が入城したどさくさに紛れて正室と嫡男を確保してございます。数日もすれば遠野に到着するかと」


「であれば大義名分は立つな」


 しかし俺の二階堂征伐が引き金とは言え哀れな最期になったものだな。そしてわざわざ恨みを買ってくれるなんて礼をせねばならんな。


「それで小峰城下への浸透はどうなっている」


「滞り無く。篠川城で火に呑まれた話をし、二階堂領を我らに焼かれたと話してやれば怯えて須賀川へと行くのを嫌がるでしょう」


 それでも幾ばくかの跳ねっ返りや食い詰め者は住み着くだろうし、白河も民を幾らか移すだろう。


「とりあえず今回の白河の所業を周辺の大名等が耳にするように頼むぞ」


「おまかせを。ところで殿は釜石でなにを?」


「製鉄所と骸炭炉の見学だ」


この狐崎城あらため釜石城からみて甲子川の向こうに製鉄所が、甲子川の手前にコークス炉が立っているので釜石城から近いコークス炉をまず見ていく。


「鉄奉行(狐崎祐慶すけのり)案内を頼むぞ」


「おまかせを」


 狐崎祐慶につれられてまずは甲子川の左岸に立地するコークス工場へと入る。


「三千代、久しいな。炉の具合はどうだ」


「殿ご無沙汰しております。お陰様で骸炭の生産は少しずつ増えております。来年は炉を増やせる算段がつきましたのでより多く作れるはずです」


「それは重畳。ところで褐色の炭はできたか?」


「多少であれば」


 そう言って褐色の炭を見せてくれる。


「これがそうか」


「はい。どうやらあまり熱くならないようにすると出来るようですが、なぜこのような炭が必要なのでしょうか?」


「火薬のためだよ」


「火薬で御座いますか?しかし火薬なら既に有りましょう」


「まあそうだな。しかし黒色火薬は燃えるのが早すぎるんだ。爆薬としては優秀だが発射薬としてはいまいちでな。鉄砲でもそうだが使用する火薬量が増える大砲では腔発の危険が増える」


 実際時々腔発が起きている。そのため腔圧が上がりすぎる黒色火薬に代わるものが必要だ。無煙火薬が出来れば言うことなしだが硝酸も硫酸も製造できないので致し方ない。ただ褐色火薬が黒色火薬と同じ調合割合で使えるのか分からないのでそこはこれから確認していくのだけど。


「なるほどそういう問題が御座いましたか」


「そうなんだ。なので骸炭と併せて此方も作ってほしい」


「お任せを」


 これで褐色火薬の生産が軌道に乗れば大砲用の装薬を交換出来るかな。


「あああとそうだ」


「なにか?」


「骸炭を作る際に油のようなものがでるだろ?」


「ええ、アレでしたらよく燃えますので骸炭炉の燃料にしております」


「え?ああそうか。それはそれでいいんだがあれを蒸留するといろいろ使えるんだ」


「なるほど。ではそれも研究してみましょう」


 生きている内にどうこうなるもんじゃないだろうけど石炭化学工業の開発も必要だからそのきっかけを作っておかねばな。


 コークス炉を後にして甲子川に掛かる大きな橋を渡り製鉄所の門をくぐる。


「高炉が五基に櫂炉が十五基か」


 やはり効率が悪いな。


「御館様お待ちしてございました」


 製鉄所の総責任者である長兵衛とその嫡男である安太郎が出迎える。


「製鉄は順調なようだな」


「おかげさまでございます」


「うむ、まずは高炉の様子を見たい」


 そして長兵衛らの案内により高炉群に近づく。前世の高炉に比べればささやかなものだが、大きな建物の少ないこの時代ではとりわけ大きく見える。


「現在一番手前の五番高炉が最新のものでして概ね日産六百貫目(約2,750kg)となっております」


 土間のプールに溶けた鉄が流れ出る。それなりに離れているのだがここまで熱が伝わってきて熱いというより痛い。


「むうなかなかの量だな」


「冷えた塊がそちらに積んでございまして、櫂炉が空き次第錬鉄をつくっております」


 そして一部は再度溶かして鉄砲や大砲の弾となるべく鋳型に流し込まれていく。


「そして現在新たに作っておりますのは蒸気送風機を備えた新型炉です。これができた暁には鉄の製造量は今の五倍、いやもっとたくさん作れるようになるでしょう」


「そうなると鉄の石と炭が足りなくなるな」


「仰るとおりで。釜石鉱山の人手を増やしておりますが足りませんのでなんとかしていただきたく」


「わかっている。明の鞍山という地に恐ろしくたくさん鉄の石が採れる山がある。そこから買えぬかと思っているところだ」


 高炉が大きくなるのはいいが木炭不足が顕著になってきている。コークス炉の拡張がなされればなんとかなるだろうか。釧路でもコークス炉を作るようにするか。


「しかしこんなに鉄を作っても使い道があるのでしょうか?」


「色々あるさ。蒸気を使うには鉄が必要だし、木は燃えるから鉄で船を作るとか、城も鉄で作るとか、すでに使っている鉄条網を広く使えば畑の獣害も減らせよう」


「なるほど。安太郎めは言っておりましたが鉄で城を作れるのですな」


「無論だ。木の代わりに用いればずっと丈夫になろう」


 それに鉄を使えば橋も強度が上がって多くの荷物を運べるようになる。とりあえずは錬鉄だがエッフェル塔みたいな錬鉄の塔もあったのだからできないことはないだろう。


「なるほど。であればより多くの鉄とより質の良い鉄が必要になりますな」


「そういうことだ。櫂炉に代わる炉の研究はどうなっている?」


「まずは空気を吹き込んで銑を鋼に変える炉はこれも蒸気機関の送風機を作ってやってみようかと思っております。そしてそこから櫂で漕がずともしっかり溶かすことができれば良いようですので熱を貯められる大きな炉の建造を考えております」


 転炉と平炉の開発は進みそうなのでこちらは任せておこう。俺が横車を押しては良くないしな。


「今日はよくわかった。忙しいところ邪魔したな」


「滅相もございませぬ」


「少ないが後で酒を運ばせる。皆で楽しんでくれ」


 そう言うとひゃっほーい!と歓声が上がる。鉄が増産できればそれくらいの出費は可愛いものだからな。

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