第四百七十二話 踏んだり蹴ったり

そのころ須賀川城 二階堂信濃守晴行


「民が逃げて足軽が足りぬと?」


「篠川城での火龍が噂となり皆怖じ気付いてある者は白河へある者は阿曽沼へと」


 城下はおろか周辺の村からも逃散するものが後を絶たず徴兵を試みても足軽に出来る年頃のものは少なく、漸く五百を集めたのみ。


「白河に援軍を頼むか……」


 容易く落とせると思った篠川城での地獄の業火とはこれかと言わんほどの火攻めにより士気の低下が著しい。


「ご注進!浜尾民部が阿曽沼に逃げましたあ!」


「なんだと……!」


 二階堂の一族である泉田掃部助が苦々しく告げる。それと共に周りの将等が御一門も逃げ出したのかと浮き足立つ。


「ご注進!阿曽沼は当主の出陣はない様です!」


「真か須田美濃!」


「篠川城には来ているようですが此方には来ないようです」


「舐められたものだな。しかし当主が出てこないと言うなら此方もなんとかなるかもしれん。それと大砲というやつはいくつあるのだ?」


「物見によると今回はたったの一つのようです」


「一つだけだと?」


 嘗められていると感じつつも今までは複数の砲を運用していたのに今回は何故か一門しか砲を持って来ないことを幸運だと判断する。


「よしその知らせも持って白河に援軍を頼んできてくれ」


 直ちに遣いが小峰城へと出され城に残ったものは籠城の仕度を続ける……と言っても城下は既にもぬけの殻で民が運び出せなかったわずかな食料を集めていくのみ。


 翌日には阿曽沼軍が釈迦堂川の北岸に到達し、本陣を築いている。


「渡ってはこないのか?」


「まずは本陣を固めるつもりかもしれませぬ」


 十二町(約1300m)ほど離れた川向うの丘に陣取る阿曽沼軍を眺めていると早速一発大砲を打ったのか白煙が上がっている。


「ここまでは届かぬだろうに」


 とつぶやいた数瞬後、阿曽沼軍にほど近い寺が燃え始める。大砲に加えて焙烙火矢が放たれ、奉公人町まで燃え始める。


「そんなところを焼いても仕方がなかろうに」


 そう思っているとまた大砲を打ったのか白煙が濃くなる。


「大砲は一つなのだな?」


「はい。其のように聞いております」


「大砲は一度打ったらしばらく撃てぬのではなかったか?」


 明らかに射撃間隔が短くなっていることに違和感を持つが、数発撃ったところで砲撃が止む。


「止んだか。たった一つの大砲のはずではなかったのか」


 ちょうどその頃赤熱した砲身を冷やすべく水をかけていたのだがそこまでは知る由もなかった。


「殿!大砲の弾に油が入っていたらしく城下の火が消せません!」


「このままでは本丸まで火の手が!」


「なんとかならんのか!」


「殿!保土原や泉田が燃やされています!」


「何い!」


 大砲に耳目を集めている隙に須賀川の西部地域が田村義顕らの一隊により焦土と化す。


「殿、これでは阿曽沼が退いたとしても来年の収穫が……」


 五日ほどかけてじっくりと須賀川城城下と二階堂領の半分近くを焦土とすると悠然と阿曽沼は引き上げていき、翌日それを見ていたかのように白河結城の軍がやってきた。


「相済まぬ。一足遅うございましたな」


「左兵衛佐殿(結城顕頼)の威光にて引き換えしたに違いありませぬ」


 あまりのタイミングの良さに二階堂晴行は些か気色ばみながら応える。


「ははは。ところで民も逃散してしまい兵の維持もままならぬでしょう。どうですかな?当家の者を置かせて、再興に力をお貸しいたそうかと思うのですが」


「いやいやお気持ちはありがたいですが」


「ははは遠慮はいらんぞ?」


 そう言いながら結城顕頼の左手が二階堂晴行の肩に、そして……。


「ごふっ!」


「殿!ぐあっ!」


 結城顕頼が二階堂晴行の胸を貫く。それに慌てる二階堂の家臣らが結城顕頼の手の者によって次々と切り捨てられていく。


「今日からはこの結城左兵衛佐顕頼が須賀川を守ってやるから安心して逝け」


「おのれ……顕頼……末代まで祟ってやるぞ……」


「ははは!阿曽沼様々だなあ!」


 斃れた二階堂晴行の首を切り落としながら高らかに笑う。


「おおそうだ。城の女どもや食い物はお前らが好きにしてもいいが先に死体を捨ててくれ」


「ヒャッハー!さすが御屋形様だぁ!話が分かりますなあ。聞いたな!さっさとやるぞ!」


 言うや蜘蛛の子を散らすように足軽共が駆け出ていく。


「阿曽沼は領が急激に広がったお陰で手が回らんようだ。濡れ手に粟とはこの事だな!はぁっはっはっはっはっは!」


 

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