第四百七十一話 須賀川城へ

篠川城 阿曽沼遠野太郎親郷


「漸く時が来た!田村大膳大夫(義顕)、其方に一隊を預ける。雪辱を果たせ」


「はは!必ずや御館様のご期待に添って見せましょう!」


 篠川城の戦いから半年、そろそろ冬の足音がしてきたところで須賀川城を拠点とする二階堂へ懲罰的侵攻を行うべく動員した。今回の目的は二階堂領に対する徹底的な破壊と、篠川城を攻められ三ノ郭まで攻め入られたことをあまりに恥じるものなので田村義顕に活躍してもらおうという趣旨で行われる。

 

 会津の開発などで余裕がないので基本的に占領統治まではしないこととしている。


「兄上、少しよろしいでしょうか」


「ん?又三郎どうした」


「それが、城門に二階堂のほうから百姓共が来ておりまして」


「なに?」


 みんな攻める気満々、又三郎もやる気満々で城兵を盛り上げに歩いていたところ大荷物を背負った百姓などが大挙してきたという。


「……とりあえず何人か連れてきてくれんか」


 しばらくして庭に老若男女十人あまりが連れてこられる。


「阿曽沼遠野太郎親郷だ。其方等なんの用で来た」


 そう聞くもしばらく皆顔を見合わせて喋らない。


「それではそこの童、何故こちらに来たのだ」


「へっ、お、おらか。は、ああええと、おっとうとおっかあが阿曽沼様が怒ったらこの土地は火龍に呑まれるから逃げるんだと言ってたんですが、途中で家族とはぐれてしまいまして」


 難民となって逃げる混乱で家族と生き別れてしまったと。火龍に呑まれるというのは実際そうするつもりだったから否定はしない。


「なるほどな。それで二階堂の奴らはどうしているのだ?」


「勿論戦支度をしてましたが、皆おらたちと同じように逃げ出してます」


 逃げ遅れた奴は今頃城に連れて行かれて戦支度させられているだろうという。


「なるほどな。なんだ大膳大夫の火計が巧く行ったようじゃないか。天晴!」


「しかし結果としてこうなっただけでして……」


「何を言うか其の結果が大事なんじゃないか。ほれ誇れ。それはそうと左近」


「承知しております」


「頼むぞ」


 左近と目配せしていると家臣らからあれは悪いことを考えている顔だとか、周りの家も哀れだなとか好き勝手言われる。


「さて、其のような状況であるようだからして我が方は大変有利と言えるだろうが油断せぬようにな。窮鼠とならば猫を噛むこともあるかもしれぬ」


「ははっ!」


「それと童、其方の名は?」


「え、英二と申します。申し訳ございません、殿様を前に名乗りもせずに」


「そうか。ふむ、まあ我が領では人手が足りていないからな其方等にはしっかり働いてもらうとするか」


 とりあえずは北上川の河川工事にでも従事させることとした。


「さてでは須賀川城へ遠江守(二階堂晴行)に挨拶に行くか。大膳大夫、先鋒は任せるぞ」


「御意」


 出鼻を挫かれたものの未だ血気に逸る田村大膳大夫ら千五百を先鋒に総勢六千、試作の水圧式駐退機を備えた三年式試製速射砲を一門携えて南下していく兵らを見送る。


「警備局長(袰綿ほろわた勘次郎)、目付を頼むぞ」


「おまかせを。しかし我らを将にしなくてもよろしいので?」


「これくらいやってくれねばな。これから戦をする箇所も増えるのだから任せられそうなときに任せなければな」


「まあ私は目付として将等が勝手をしないか目を光らせてきますが、兵学校を出たわけでもない者をあまり厚遇しても仕方がないかと」


「それをいっては其方もそうなるぞ」


「それはそうですが……」


「なに、兵学校を出たやつが経験を積めばいずれこのようなことをしなくて済むようになる。いわば過渡期のやむを得ない人事よ」


「殿にそう言われればしょうがないですね」


 俺とて外様の連中をそこまで信用していないけど人材難なんだよ。特に上級将校が。下級将校はなんだかんだ兵学校のお陰である程度確保できている。あとは下士官も足りないからなんとかしなきゃいけないんだけど、下士官教育ってどうすりゃいいんだ。


 袰綿警備局長も見送り、政務を行う。北上川の改修がある程度ものになりそうなので次の段階として猿ヶ石川の改修と、数年間用排水路を用いたモデル農地の知見を基に遠野盆地内全体に用排水路の整備を上流から推し進めていく。というよりも各方面から収穫の増えるこの用排水システム導入の要望が強かったのがようやく測量と設計を行える程度に余裕が出たおかげで進められる。


「遠野でうまく行けば他の地域にも応用できるだろう」


 あとは肥料だな。太平洋諸島のリン鉱石やチリの硝石、銅なんかが手に入ればな。魚粉も生産量が増えてきたので一部を肥料にしている。


「萬次郎、魚粉肥料をたっぷり使った田んぼはどうなった?」


「それが実の成りは良かったのですが、脱穀してみるとこれが見事に実割れしておりまして……」


 なんだと?実が割れた?


「これが其の玄米です」


 確かに割れている。


「これはもとからこうなのか?」


「はい。籾も用意しておりますので剥いていただければ」


 いくつかすり鉢に入れて木の玉で軽くもんでやると籾は外れるが確かに実が割れている。


「なんてことだ……他の田ではどうだ?」


「魚粉を少なめに入れたところは割れておりませんので魚粉が多くなると実が割れやすくなるのではないかと推測しております」


 窒素が多いと実が割れるのか。しかし窒素が多いほうが多収なのでなんとか窒素肥料を多めにやりたい。


「とりあえずは実割れせず、収穫量も一番多くなった割合を出してほしいのと、魚粉をたくさん撒いても実割れせぬ米をなんとか見つけ出して欲しい」


「難しいですが、なんとかやってみます」


 肥料さえたくさんやればいいというわけではないとは、多収量というのも難しいものなんだな。

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