第四百七十話 トレドへ

セビーリャ港


 セビーリャに到着して三日休んだのちに港から川船で上流に向かう。川船に揺られて八日をかけてコルドバの町に到着する。


「一週間?」


「ええ、我々は7日を1週間という単位で数えております」


「なぜ七日なのでしょう?」


「神がこの世を造ったのにかかったのが6日、そしてその後1日休まれたのです」


「なるほど、あんたらの神が働いた六日と休んだ一日で七日ということですか」


「その通りですSr.トザワ」


 船を出したのは月曜日、まだ暑い日中はシエスタしながらそして安息日たる日曜日には丸一日宿の人になったり風習の違いに戸惑いながらの旅だ。


 コルドバからトレドまではフガー商会が用意した馬での移動となる。


「ここからは1週間かけてトレドの都に向かいます」


「一週間……ええと七日とすると結構近いのだな」


 遠野から七日でとなると会津あたりになるなと考えながら応えるとアロが驚く。


「Sr.マガリャンイス、Sr.トザワの言うことは本当か?」


「Sr.アロ、私は遠野の周辺しか見ていないがかなり広いのは間違いがなさそうだ」


「むうトーノとは強大な辺境伯なのだな」


「Sr.アロ、わが殿がどうかしたか?」


「Sr.トザワ、貴方がたの仕えているコンデ伯爵の土地はどれくらい広いのだ?」


「儂もあまり詳しくはわからんが、日ノ本で一番大きいのは間違いないでしょうなあ」


 その言葉に神聖ローマにおけるオーストリア大公のような存在なのだろうかとアロは想像する。


「それはそうとこちらの鐙はなんというか立ちにくいのぅ」


 舌長鐙になれた戸沢秀郷は西洋の鐙に戸惑いながら馬に揺られる。続く馬や生き残った船員たちが積荷を背負って歩く。


 珍しい狩衣姿に漆塗り紋付き陣笠、大小二本差しの戸沢秀郷を一目見ようと方々から見物人が集まってくる。


「むう儂がそんなに珍しいか」


 そして砂埃にくしゃみを一つすると懐紙を出して鼻を噛み捨てる。


「なんとジャポンでは紙で鼻を噛むのか」


「Sr.アロ、そうなんだよ。あの地では製紙が盛んでね、用を足したあとに尻を拭くのも紙でやってるんだ」


「な、なんだってー!そんな裕福な土地なのか」


 そして捨てた紙を拾おうと見物人たちが競いあう。


「なんだ?紙がそんなに珍しいのか?」


「Sr.トザワ、この国では鼻や尻に使う紙なんて無いんだよ」


「Sr.マガリャンイス、となると布で噛むのか?」


「そうなりますな」


「であればつい最近まで儂らも似たようなものでしたわい」


「どういうことでしょう?」


 アロが疑問を挟む。


「今の殿になって紙をせっせと作るようになったのだ。それまではぼろ切れや手でふいていましたぞ」


 細かい単語は対応する訳語が分からないのでそれぞれの言葉だがなんとなく会話が成り立っている。


「なるほどこれは俄然興味がでますな。わがフガー商会もトーノ伯の領に商館を構えたいものですな。とりあえずは香辛料もだがこの紙を買ってくるだけでもなかなかの商売になりそうだな。それに絹もあるとなれば、行って帰ってくるだけで莫大な益になりそうだな……」


 そんなことを話しながら予定より三日遅れて十日の行程を終えてトレドに到着する。


「ほぉあれは攻めにくそうな街ですな」


 街の周囲を高い石塀で囲まれ、そして南側には大きな川が流れている。


「そうでしょう。あの川の恩恵により異教徒くそったれ共からこの地を守り抜き、そして奪い返せたのですよ」


 異教徒と言われてもしっくり来ない戸沢秀盛は叡山と法華宗のようなものだろうかと想像するのが精一杯だ。


 櫓と一体化した城門で要件を伝えると早馬が出される。そして街中でしばらく待機するよう指示されるためフガー商会の商館に入る。


「いやはや我らの街とは全く違うのですな。街の真ん中にある大きな建物は何でしょうか?あれが城でしょうか?」


「あれは大聖堂ですよSr.トザワ。宮殿は一番高い丘にあります」


 二日後登城するよう知らせが入り、一日身体を休めて宮殿に入る。


「我が王並びに王妃、ただいま世界周航を終えたことを報告いたします」


 アルカサル宮殿の謁見の間にマガリャンイスらが跪く。戸沢秀盛は片膝を着くという礼の仕方に戸惑いながらもなんとかこなす。


「その者がジャポンからの使者か」


「その通りです。ジャポンで最も力のあるトーノ伯の一族の方です」


 マガリャンイスに促され戸沢秀盛が挨拶し阿曽沼遠野太郎親郷からの親書と贈り物を渡す。


「ほぉこれは絹ではないか。これは酒杯?それにしては軽いが……ワックスに金を貼り付けているのか」


「まあこの大きなお皿は素敵ね」


 王と王妃は蒔絵のカップと大盃、さらに絹の反物を手に満足げだ。


「そしてこの剣も見事な彫刻は龍か?」


「ジャポンの龍だそうです」


「いいな敵を食らう龍か。気に入ったぞ!」


 贈り物に上機嫌となりつつ親書を開く。


「ほうほう西の大帝国の王に挨拶仕るとな。そして我が国との交易を望むと、今ならポルトガルよりも優遇することが出来るとな……生意気なポルトガルのことを話したのか?」


「はい、聞かれましたので。他にローマやイングランドにオスマン、そして何故かルーシのことも」


 なぜアジアの国がそんなに欧州に詳しいのか訝しんでいるが答えは当然出ない。


「まあそれはともかくトーノ伯との交易は此方としても歓迎しよう。返事と下賜品を用意するが何かほしいものはあるか」


「であればこの地の技術書と学術書をできるだけ、と殿から言付かっております」


「は?まあそんなものなら構わんが読めぬだろうに。他にはないのか?」


「あとは馬と作物の種とを所望しております」


「なんとも無欲な……それならば此方で適当に見繕うから暫し待たれよ」


 2日後、祝賀会と称して宴会が持ち上がる。メインディッシュは豚の丸焼きで、大きなテーブルの上、そして蒔絵の大盃にででん!と置かれている。


「立派な豚ですな」


 戸沢秀盛は大盃の使い方を指摘したいがなんと言えば良いのかわからず流される。


「そうであろう。異教徒共はこいつを嫌うのでこいつを飼っているだけで攻めてこなくなる優れたやつだ。食っても美味い」


 その異教徒というのはなかなか厄介な相手なのだと戸沢秀盛は認識する。そして王自ら肉を切り分け、各人に振る舞っていく姿に衝撃を受ける。


 味付けはオリーブオイルと塩のシンプルな味付けで味噌と醤油が恋しくなるもそれをおくびにも出さずニコニコと平らげていく。


「ところであの王の持つ酒杯は素晴らしいですな。黒いワックスに金の絵は素晴らしい。私もほしいですぞ」


 蒔絵の酒杯を羨ましそうに眺める参加者を見て戸沢秀郷は満足気であった。


 そしてふた月ほどして日本への贈答品が船へと積み込まれ戸沢秀盛は日本への帰路につくこととなる。

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