第四百六十九話 イスパーニャ到着

サンルカル・デ・バラメダ沖 


「やった!やったぞ皆!我らは遂に成し遂げたぞ!懐かしの故郷に戻ってきたぞ!」


 マガリャンイス(マゼラン)艦隊は1523年9月6日、約3年間の航海を終え出港したサンルカル・デ・バラメダ港に到達しようとしていた。壊血病などに苦しみ、当初の270人から45人、船は5隻から1隻に減らしながらの帰還であった。


「ここがいすぱーにゃ……」


 阿曽沼からの遣欧使節の正使となったのは戸沢飛騨守秀盛だ。宇夫方守儀に娘を嫁がせたことで、誰も行きたがらなかったせいでもあるが、準一門の扱いに取り立てとなり派遣された。


 使節であるため士官と同じく食事が優先されたため、痩せはしたものの戸沢秀郷は無事イスパーニャの地をその目に止める


Sr.セニョルトザワ、ここから我らが世界一周に旅立ったのです」


「せにょるまがりゃんいす、なるほどここから世界の海を……」


 冬は雪に閉ざされている角館から遥々たどり着いた異国の風景に目を奪われる。


「しかし白いですな。漆喰を塗っておるのか」


「この地は暑うございますからな。白い壁にすることで家の中を涼しくしているのです」


「ほぉ、なるほどなあ。処変われば家も変わるもんだなあ」


 戸沢秀盛は笠越しに南欧の強い日差しに照らされた白い町並みを目を細めて見つめる。


「鍋倉の城は白いが町はこうもいかんからなぁ」


「Sr.トザワ、今日はここで休みます。明日はあの川をのぼってセビーリャという大きな街に向かいます」


 大きな川、グアダルキビル川、の河口で錨を降ろし小舟で岸に上がると、この地の領主であるメディナ・シドニア公爵が出迎え世界一周の船旅を終えたマガリャンイスを労い、そして遠く日本からやってきた戸沢秀盛を複雑な面持ちで出迎える。


 簡単な饗宴で持て成された戸沢は慣れないオリーブオイルがふんだんに使われた料理などに食傷気味になってしまうがなんとか切り抜けセビーリャへと向かう。


 セビーリャはサンルカル・デ・バラメダよりも大きな都市でスペイン南部の中心都市と説明を受ける。


「いやはや船がおおいですな」


 港に着きセビーリャの地を踏みながら戸沢が感嘆する。


「ジェノヴァやフランドルそれにイングランドからも商人も来ておりますよ」


「それらは?」


「マガリャンイス!世界一周を果たしたと聞いたぞ!」


 戸沢がそう聞いたときに1人の男が駆け込んできた。


「Sr.アロ!未だ生きていたか!」


「何言ってやがる!お前こそ良くも生きて帰ってきてくれたもんだ!3年にもなるからてっきりどこかの蛮族に殺されたのかと思ったぞ!」


 マガリャンイスの最大の支援者であるフガー商会の代理人であるクリストバル・アロがマガリャンイスと抱擁する。


「おっと客人がいたのかこれは失礼した。私はクリストバル・アロ、この地でフガー商会の代理人をしている」


 細かいところは理解出来ないのでマガリャンイスに通訳して貰い互いに挨拶をする。


「遠いアジアの太守の遣いよ、よく来られた歓迎しよう」


「此方こそ。角館という町を治めている戸沢飛騨守秀盛と申す。せにょるふかーる、お会いできたことを嬉しく思う」


 事前にイスパーニャの作法を教わっていた戸沢がぎこちなく手を差し出すとクリストバル・アロがその手を掴む。


「此方こそだ。東の友よ」


 そう言い戸沢の手を離したアロはマガリャンイスに向き直る。


「さあささやかですがですが祝宴を挙げましょう」


「いやしかし評議会に報告をせねばならん」


「それなら評議会の連中も呼べば良い」


「まああんたの声がかかって断れる奴は我が王も含めて誰もいないな」


「そうと決まれば早速仕度をしなければな」


 そういうと使用人に色々と指示を出し、そしてマガリャンイスと戸沢秀郷と共に馬車に乗り込む。


「Herr.トザワ、この地はどうだい?」


 マガリャンイスに通訳をして貰いながら話が進む。


「素敵な土地ですね」


「そうだろう?しかも君とも会うことが出来た最高の土地だ」


 フッガーは十字を切り軽く祈った後再び戸沢に向く。


「ところでその服は絹なのか?」


「遠い異国に行くのだからと我が殿から下賜された」


 遠野を出るときに数着の狩衣を下賜され、下船後に袖を通している。


「そういえばマガリャンイス、お前さんの服も絹か」


「そうだね。私もジャポンを発つときに大領主様から我らが着慣れている服を作ってくださったのだ」


「俺より良いものを着てやがる……。なあHerr.トザワ、その服を売ってくれないか」


 突然の申し出に思わず驚く。


「いや売るというか一着で良ければ差し上げましょう」


「それは有り難い」


 そう言っているうちにフガー商会のセビーリャ支店へと到着する。


「さあ時間が無かったのでな、心ばかりの祝宴でしか無いが楽しんでくれ」


 リュートの弾き語りを聞きながら先日のサンルカル・デ・バラメダでの宴会よりも落ち着かない食事をする。


「ほぉ遠いジャポンでもワインを飲んでいたのか?」


「それがななかなか美味いワインを造る土地なんだよ。北のほうで作られるビールもあったぞ」


「それは面白い。俄然興味が出てきたぞ」


「それも大事なことだが彼らは我らの船より大きく、早く、風が無くてもものともしない船を造ることが出来るのだ」


「なんだと!それが本当であるなら香辛料よりも重要では無いか」


「マガリャンイス、我らになにか?」


「Sr.トザワ、あなた方の作るものの素晴らしさを話していたのだ」


「それはいい。我が殿の偉大さが分かるだろう」


 ワインを呷ってすっかり気持ちよく酔った戸沢ががははと声を上げて笑う。その後貴賓用の寝室に案内され戸沢はぐっすりと眠る。

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