第四百三十六話 火の島

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 来年は大嘗祭なこともあり全国的に争いは鳴りを潜め、小競り合い程度になっていると聞く。


 それは無論この奥羽でも変わりなく、と言いたいところであったが会津は相変わらず家中が乱れて大凶作が続き、当家に逃散してくるものが後を絶たない。


「置賜郡や安達郡には流民の集落ができていると」


「はい。周辺の村を襲って居るものもある様子」


 逃散してくるものの中には、ほとんど着の身着のまま逃げてきた者も少なく無いようで当面の食料などを得るために乱妨を働くものが居るとのこと。


「全く面倒な……警保局の人員は如何ほどか」


「ようやく使えそうなのが三百と言ったところでしょうか」


 数が足りぬかな。


「犬はどうか?」


「そこまで鍛えられておりませぬ」


 警察犬みたいに犯人の取り押さえに使えるわけではないか。そういえば日本の犬はやや頑固なところが有るから警察犬になりにくいのだったか。


「まあ仕方が無いか。その数で鎮圧は出来ているのか?」


「周辺の村から人を集めたところ、これがよく働いてくれるようでして」


 ああ被害を受けた者を雇ったか。現場はまあ想像したくはないな。


「五体無事に捕まえた者であれば北海道の開拓に送り込むか」


「そうでしたら畑にすき込むのは控えるように言った方が良さそうですな」


「お、おう、そうしてくれ」


 軽い冗談だと思いたい。とりあえず活きの良い奴は最近建設の始まったアパシリの刑務所にでも送り込み、それ以外の者を十勝刑務所に送り込むか。どうせ残しておいても周辺との軋轢の種になるし新天地で人生を新たにして貰おう。


「では狼藉者の取り扱いは任せた。それと来年の大嘗祭で上洛するが手配はどうなっているか」


 畏れ多くも東宮殿下から東宮御所となっている勧修寺邸の警備を仰せつかったから御親兵として上洛することになった。そのため若狭武田家と朽木とその周辺土豪、そして比叡山には上洛の兵を通して貰うよう文と贈り物をして武田と朽木らからは快諾を得た。しかし比叡山からは仏の加護を付けてやるから、坂本に来いと言われたのには困ったが。


「面倒だが御仏のというのでは断れんからな」


「とりあえず追加でいくらか贈っておきました」


「その贈り物は奥羽の民の血と汗の結晶なのだがな」


 信仰心につけ込んで恣な比叡山はやはり問題だな。


「殿?」


 雪が心配そうな顔で覗き込んでくる。


「心配するな。今回の山門は別に我らを害そうとしているわけではない。強欲ではあるが一応我らに好意的と見ておこうじゃないか」


 その際に山門の坊主と話になるのだろうが一体何用だろうな。油か紙か肉食か、はたまた他のことか。此方としては監獄で講話をしてくれる、徳の高い坊主を欲しているから会うこと自体は悪くはない。尤も北海道くんだりまで来てくれる坊主がどれだけ居るのか分からぬが。



その頃の母島近海 大槌海軍提督得守


「ここも大きな島だな。一番大きな島を父島と呼んでいるが此方は母島とでもするか」


 伊豆諸島で口減らしする際に此方に人を回して貰えばいいかな。航海が終わった暁には殿に上申しておこう。


「特に人は住んでおらぬようですな」


「うむ。島の場所を確認しておきたかったのでな」


 母島の南西側、母島が北から東をそのほかの島々が南から西側を囲んで比較的波の穏やかな海で一昼夜停泊し、北緯二十六度三十八分と標し、日時計から緯度は大槌より四十分ほど東の様だ。


 天測を終えた後に帆を張り、航海を始める。後半は黒潮の影響を受けるのと、順風が北東の風になっているので南西に向かって進み始める。風は強いが天気は良く順調な船出だ。


 概ね六ノットほどで航海し次の昼頃には右手にとんがった島とその南に煙が立ち上るのを見つける。どうやらかなり南向きに流されたようだ。


「カシラ、あの島に寄りますか?」


「折角見つけたのだからそうするか」


 場所から察するに北硫黄島と硫黄島だろうか。上陸できれば良いなと思ったところで大きな煙が立ち上り、しばらくして衝撃がおそう。


「な、なんだ!」


「ど、どうやら向こうの島で噴火したようで御座います!」


 結構大きな噴火のようだ。


「上陸は難しそうだな。近付くだけにしてさっさと通り過ぎるか」


 北硫黄島の南側を舐めるように走り抜けると、南側のおそらく硫黄島と思しき島から盛大にマグマが吹き上がっている。


「ひえー、ありゃあ火の山がそのまま島になったようですなあ」


「すさまじい島だな」


 前世でも硫黄島周辺は噴火の多い場所ではあったがそれを間近で見ることが出来るとはな。殿に自慢できるな。


「とりあえず火の島とでも名付けておくか」


 硫黄島がなくなってしまったな。


 硫黄島を過ぎる頃から風は東の風と変わり、ぐんぐん西に押していってくれる。


「カシラ、あの火の島を過ぎてから六日たちましたが、本当に琉球はこっちなんですかい?」


 多めに積んできたつもりの水がそろそろ厳しくなってきた。


「このままじゃあ琉球につく前に極楽浄土に着いちまいますよ」


 たしか極楽は西にあるのだったかと思いつつ、少し焦りが出てきた。


「島だ!北に島が二つあるぞー!」


 なんとか助かったな。

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