第四百三十五話 南洋航海の始まり
大槌湾 大槌十勝守得盛
皆に別れを告げて出港し、まさに太平洋へと出ようとしている。艦隊構成は遠野型蒸気船二隻にスクーナー二隻の四隻だ。大砲は合計して片舷二十二門で、史実だとこの後に出てくるガレオンや戦列艦には太刀打ちできそうもないが、まだこの時代ならキャラックが主体のはずだからなんとかなるんじゃないかな。
それはそうとして今回の航海でどこまで行けるだろうか。父島までは行けたから母島を確認し、西を目指して琉球諸島を目指すかさらに南下してマリアナ諸島を目指すか。東は目指すとなると数ヶ月は洋上となるだろうから流石に難しいだろう。
琉球王国といえばサトウキビだな。砂糖が直接手に入るとなれば殿も喜ぶだろう。しかしそうか父島あるいは父島から琉球を目指す航路上にあるはずの大東諸島でリン鉱石の確保をすれば殿も喜ぶし、大東諸島や父島でサトウキビを栽培すれば砂糖の生産量が増えるわけだな。となれば父島からまず琉球を目指してサトウキビを得るか。
「え、琉球を目指すんですか?」
「砂糖を手に入れようと思ってな」
見習いと言う名の雑用として乗船した熊之助が耳聡く聞いてくる。
「砂糖……ですか?」
「なんだ砂糖をしらんのか?」
「はい。甘いものだとは聞いておりますが」
そうか口にしたことがないか。それでは価値もわからんだろうな。
「熊之助、ちょっと来い」
「え、まだ仕事の途中ですが」
「提督である俺が良いと言っておるのだ問題ない」
例え殿でも船の上では俺の言葉が優先される。船の戦いを知っているわけでもないしな。
副長等に声をかけ熊之助と同じく雑用のため乗船している与之助も連れて船長室に入れる。
「し、失礼します」
「おうそのあたりの椅子にでも座っていろ」
そうは言ってみたが椅子、といってもベンチタイプのもの、を見たのも始めてなので戸惑っているようだ。切り株に腰を下ろすなんかはやっていたと思うがな。
殿からもらった団茶を削って茶を入れ、茶菓子として金平糖を出してやる。まあこんなものはこれきりだがな。
「さて腰を下ろすがいい」
そう言って俺も椅子に腰掛けると、それを待っていたかのように二人が腰を下ろす。
「この緑色の湯は?」
「これは茶というものだ。相州の伊勢家からの贈り物だそうだ」
この時代は抹茶が主体らしいが保存性と携帯性に優れた団茶も悪くないと思う。
「こ、こんな良いものを儂らが頂いて宜しいんで?」
「二人は見習い士官でもある。これからの先行投資だと思っていてくれ」
一般船員なら数も多いので何も無いのに与えるわけにもいかんが、見習士官はこの船にはコイツラ二人だけだからいいだろう。
「どうした。俺が口をつけていないから手を出しにくいか?仕方のないやつだ」
そう言って金平糖を口に放り込んで砂糖の甘味を味わった後に、茶をすすると体がホッとする。そして俺の仕草を真似て二人が金平糖を手に取り口に放り込み、そして驚いた顔をする。
「いい顔じゃないか。どうだ砂糖菓子の味は」
「こ、これが砂糖でございますか」
「甘い……」
続いて茶をすするとこれもなかなかいい顔をする。
「苦いです」
与之助は素直に、熊之助は少し顔をしかめて渋い顔で黙っている。
「わはははは!まあ初めて飲むのだそんなもんだ」
「提督もですか?」
「まあそうだな」
前世の茶ともまた違う味だし、少し驚いたのは事実だ。
「つまりこの砂糖だが、こうして菓子にもなるし料理にも使えるものだ」
「料理にもですか」
「ああ京なんかで出る料理はこの砂糖をふんだんに使ったものもあるそうだぞ」
「京の飯ですか。まあ我らには縁のないものでは」
「そうかな?我らは海さえあればどこにでも行けるのだぞ?それこそこの海のはるか向こうにあるだろうまだ見ぬ国とて海があるなら行けるのだ」
「海があるならどこまでも行ける……」
「そうだ。まあ京は海に面しておらぬゆえ船だけでは行けないのだがな」
淀川を拡幅と浚渫して外航船をそのまま入れるようにできればいいんだがな。その後しばらく二人の出自や今の暮らしについていくらか話をし持ち場に戻した。
◇
大槌をでて七日、ようやく父島に到着する。木枠に入った石炭やらコークスが積まれているが風は問題なかったので罐はほとんど焚いていない。それでもわずかに減った燃料を補充し、あとは新鮮な水を補充する。
「ここが父島というところでございますか」
「奥州とはにても似つかぬ暑いところでございますな」
熊之助等の他、初めてこの父島に足を踏み入れたものは皆同じように呟く。
これだけ暑ければ砂糖だけでなくコーヒーも育てられるな。
「そう言えば送り込んだのは五十人そこそこだったと思うが、ずいぶんと人が多いな」
「なんでも伊豆大島や八丈島などから流れてきたものだそうです」
食い扶持を求めてか。あの辺りの連中ならこのあたりでも漁ができそうだし悪くはないか。
「飛魚とかいう魚がよく取れるそうで、そいつの干物も積んでおります」
「そうか」
飛魚といえばくさやか。しかし干物と行っているだけだから普通の魚みたいなもんなのだろう。そうだ、身構える必要はない。
二日かけて荷積みを終え、いよいよ琉球諸島を目指して西進するわけだが。
「まずは南に見える島を見ていくか」
南に見える母島列島を目指して錨を上げた。
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