第四百三十四話 三本木原の開発
三本木原 小軽米稲造久政
「今年はなかなかいい出来だな」
山と積まれた麦俵が誇らしい。
「麦とはいえ豊作なのは嬉しいものでございます」
農業試験場からこの麦を調べるために派遣されている昭吉が相槌をうつ。この麦は燕麦というものらしい。味はそれほどうまいものではないが、たくさん穫れる。
「今年のこの燕麦とやらは反収で概ね二石と四斗になりました」
「米であれば一石行くかどうかだったか」
「左様でございます。馬にも食わせるものではありますが畑を増やせば我らも食える量も増えそうです。まあこれ以上作るとなれば人を増やさねばなりませんが」
そう言いながら昭吉は燕麦の実を帳面に描いている。
「そんなにいくつも麦の絵を描いてどうしたのだ?」
「どうもいくつかに分けられそうでして」
「分けるとどうなるのだ?」
「わかりません。が、殿の仰るには麦や米にもそれぞれ癖というものがあるようでして」
「早生とかか?」
「そういうのもありますし、とにかく実りがいいとか寒さに強いとかそういうものがあるのだと」
そういうものなのかね。とにかく耕して堆肥を入れて種を蒔いていけばよいのではないのか。
「ここで寒さに強いとわかった
「あちらはここより一段と寒かろうにな」
「米は無理でもこの麦やらは育ちますから」
とは言えやはり米が食いたい。
「寒さに強い米はないのか?」
「いま我らが口にしている米は他の領よりも寒さに強いものだそうですよ」
「そうだったのか」
「なんでも殿が神様より授かったものだとか」
まさかそんなことがあるのか。
「授かりものとなれば寒さに強いのも不思議ではないな。味も良いしな」
「味といえばこの燕麦ですが籾摺りしたあとに蒸して潰してやれば食べやすくなるようです」
「それも殿のお知恵か?」
「明の商人からの言付けだそうで」
流石に見たこともないものの食い方まではご存じないよな。しかし潰してやれば食いやすいか。
「もう少し冷えてきたら試してみるか」
「それで来年の圃場利用計画ですが、燕麦が大きく三つに分けられそうですのでそれぞれ畑を離して出来具合を見てみようかと思います」
「そのあたりはお前さんのほうが詳しかろう」
「とはいえ私が勝手に決められることでも有りませぬ。少なくともこれに目を通していただかなければ」
昭吉の案によると麦は毎年同じ畑で育てないようになっている。
「なぜ麦は同じ畑で育ててはいけないのだ?」
「どうやら麦は麦だけ育てていると病気になりやすいようで」
西国では米の裏作に麦を作るというから田を作ればよいわけか。
「寒い土地であるから米を作れぬ代わりに燕麦や粟稗蕎麦を作るというのだな」
「それと大根や蕪も作ろうかと」
「大根に蕪か……しかし種まきが大変であろう?」
「それは播種機を少しいじればなんとか」
大根に蕪か。
「水が必要になるな」
米ほどたくさんは要らないが、それでも水がなければこれ以上畑をふやすのも大変になる。
「用水も必要ではありますが、川はずいぶん低いところを流れておりますので」
「となれば上流から穴堰(トンネル)を掘って用水するしかないか」
「い、稲造様まさか……」
「まさかも何もそうせねばどうにもならぬだろう。田畑がないなら田畑を作る。道がないなら道を作る。川がないなら川を作る。ただそれだけだ。そこにはなんの違いもねえ」
穴堰なんて掘ったこともないから全く違うものではあるが、まあなんとかなるだろう。
「まるで殿様のようでございますね」
「わはは、そうだろう!まあ遠野で学べたのが良かったんだろうな」
「たしかにあそこで学んでいなければ穴堰を掘って用水をなんて考えつかなかったかも知れませぬね」
「ただまあ問題は費えと人だが」
「それこそ殿にお伺いするしかないのでは」
「出してくれるだろうか?」
「六千町歩に及ぶこの三本木原を開墾できれば阿曽沼家の大きな力になります。出さない訳が御座いません!」
そうは言うが北上川の改修に遠野で街道と用水、大槌周辺で湊の整備、他に出羽のや北海道でも街道の工事で、銭も人手も多く掛かっていると言うからな。
「まあ聞くだけ聞いてみるか」
余裕がないなら俺がこの手で掘ってもいいのだしな。
◇
鍋倉城 小軽米稲造久政
「本日は手前の為にありがとうございます」
「気にせんで良い。して三本木原の開墾を進めるために用水を造るために費えと人手が欲しいとな」
「は、誠に勝手な願い立てではありますが」
快く許可を貰えると思っていたが、何やら渋い顔をなさる。
「三本木原の開墾を指示したのは他ならぬ俺だからな。用水が必要だというのは分かっておるがな」
「やはり費えが足りませぬか」
「うむ……いや、田助をここへ」
最近葛屋の番頭から勘定方にさせられ、銭方という苗字を貰ったらしい。俺も三本木原の開墾が一段落ついたところで三本木とでも名乗ろうかな。
しばらくして勘定方が到着し、帳面を見ながらあれやこれやと話し合っている。四半刻ほど話したかと思うと勘定方は肩を落とし、殿は和やかになる。
「うむ、勘定の方は今年はもう難しいが来年には出せそうだ。用水となれば測量が必要だが其方は測量出来るか?」
「いえ某には出来ませぬ」
「では花巻に居る測量ができる者を幾人か向かわせよう」
「忝く存じます」
「なに、俺の命じた事業だ。気にするな」
事業とな。知らぬ言葉だが言わんとすることはなんとなく分かる気がする。その後は労いだと称して真新しい永楽銭一貫文を渡されたので半分を懐にしまい、残り半分を使って遊んで三本木に戻った。
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