第四百三十三話 大嘗祭にむけて

京 浜田清之


「いよいよ大嘗祭でございますな」


 来年秋の大嘗祭に向けて金品に人員の振り分け、下向先から帰洛するように促す文を各地に送る為に忙しくされている四条様がお越しになった。此方に来ずとも御用とあらばお伺いしたのに。


「ほにほに、漸く主上が正式に帝とならはる。こんなに嬉しいことはあらしまへん。それもこれも遠野はんのお陰やで」


「そう言って頂けますと我が殿も喜ぶことでしょう」


「そういえば今回管領を通じて公方はんに大嘗祭を行うよう遠野はんも言ったっちゅうとったやろ?」


「はい、そのように聞いておりますが何か?」


「いやな、この段になって公方はんが臍を曲げ始めた聞いてな」


「そんな……」


 大樹が居らずにとなるとどうなるのだろうか。


「ここだけの話やけど、どうも管領から公方はんに話が行っとらんかったようでな」


「それは真ですか?」


 にわかには信じられない。


「わからんが、公方はん自身がそう吹聴しとるからまあそうなんやろ」


「大樹と管領の仲が悪くなっていると聞きますからそういう風に言っているだけでは御座いませぬか」


 それで管領を悪者にしようと。


「まあそのあたりの真意はわからん。足利はんは好きなようにやりたいようやけど、管領に断られることが多くて管領を讃州家に替えたがっとるっちゅう噂や」


 管領の専横とは幕府からは漏れ聞こえているが、大樹もなかなか困りもんだとなぜか政所執事から愚痴られたわ。


「そんなんでなうちの息子等を遠野はんところで預かって欲しいんや」


 どひー!な、なんですと!


「し、四条様、頼って頂けるのは有り難いのですが、遠国にというなら大内の山口でも良いのでは……?」


「山口もわるいところやないけどな、あてが頼りにしてるのは遠野はんやねん」


「も、申し訳御座いませぬ」


「すまんな別にお前さんを責めたいわけやないんや。それと東宮殿下から奥州の包丁を身につけるようにとも言われましてな」


 そういうと四条様が大きく嘆息なさる。


「勧修寺はんによると肉を食いたいということらしいでな、ほんまかなわんて」


「わかりました。では来年の大嘗祭で殿が上洛した折にでも」


「遠野には頼ってばっかりでほんまにすまんとは思う。あてにも何か出来ることがあればええんやけどな」

 


釜石 三千代


 ようやくコークス炉を造り終えた。レンガが不足して炉を作るのが大幅に遅れてしまった。


「しかしこれで骸炭を作れるようになったわけじゃな」


「権助爺さんのおかげだよ」


「炭焼きしか能のない爺にはこれくらいしか楽しみがなかったでな」


 そうはいうが権助爺さん(六十歳)はかなり精力的にコークス炉の建設から手伝ってくれて、ようやく試験ができるようになった。

 

 丸い屋根の炉内に石炭を詰め込み丸い鉄製の蓋を閉じる。最初の火付けは木炭を使って、煙が出てきたら煙道を閉じて火室に送り込み燃料とする。


「煙に火が付くとはなあ」


「おもしれえよな」


 ガスそのものは知っていても、こうして自分で作って燃やすなんて思ってもいなかった。今後コークス炉を拡充していったらいくらかを使ってガス灯とかやってみても良いかもしれないな。


 それからまる二日たったところで側面のタール溝の栓を抜くと、熱いコールタールが音を立てて流れ出てくる。


「炭の油がたっぷりだぜ」


「いつも思うが臭いのう」


 石炭の匂い成分なんだろうか。これで絶賛建造中な三隻目の蒸気船を黒く染めることが出来るわけで、もう一隻、そしてペルリさんでも居たら完璧だったが、生憎とベッチャロにペルリさんはいなかったのが残念だな。


「さてと油は抜けたようじゃな」


 権助爺さんはそう言うと裏山から伸びる樋の栓を開けて炉内に水を入れていくと、煙管から湯気がもくもくと立ち上る。こいつも臭いな。


「おおすげえな!」


「安太郎さんか、来るなら来るって言ってくれればよかったのに」


 高炉を任されている長兵衛さんの息子の安太郎さんがいつの間にか来ていた。


「はははすまんすまん。しかしそっちこそこんな試験をしているなら教えてくれよな。水くせぇ」


 そう言っていると盛大な湯気に驚いたのか狐崎番所(現釜石市役所あたり)から狐崎様が馬を駆ってきた。


「一体何事か!」


「これはお奉行様(狐崎祐慶:玄蕃の長男)、先日お知らせしていましたとおり骸炭炉ができましたので試験的に骸炭を取り出していたところで御座います」


「そ、そうか。それで上手く行ったのか?」


「この通り炭油は得られましたので恐らく」


 タール溝から黒い湯がでてきたのでそろそろ冷えただろうか。注水を止めて前後の鉄扉を開けて骸炭を押し出していくとまだ熱を持ったコークスが出てくる。


「これが骸炭……」


「炭の代わりか」


 鉄奉行と安太郎さんが骸炭をみてそうつぶやく。そういえば長兵衛さんには見せていたが安太郎さんは骸炭を見るのは初めてか。


「さてこれを臼で挽いて蒸気船で使いやすいよう整形をせねばならんな」 


 殿が言うにはブリケットとかいうもので膠か廃糖蜜で固めるのだそうだが、膠はともかく廃糖蜜だとビートもサトウキビもないから難しそうだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る