第三百九十四話 伊豆諸島探査 前
伊豆大島 大槌十勝守得守
「では十勝守、先に帰っておるぞ」
「吉報をお待ち下さい」
「近くの島だったら俺が話しつけてやっから殿様は心配しなくても平気だぜ」
「それは心強いな」
そう言い置いて殿が一足先に遠野へ帰る。
「では我らは我らの旅をするか」
「旦那はどこまで行くんだ?」
「ずっと南の海だな」
「八丈島までは行ったことあるがそれより南は俺も行ったことねぇな」
八丈島か。あの辺りはなんかしらの風土病が有ったような気がする。
「そうか。なら八丈島までの案内を頼もう」
「任せろ!」
そうして我らも錨を上げる。最初の目的地は
出向してから二刻ほどで利島に到達する。どうやら今のところ波浪は穏やか、利島から小舟が向かってくる。
「儂はこの島の名主ですが、おたくらは何方様で?」
「おっすおっちゃん!元気そうだな」
俺が名乗る前に潮が割り込んできた。
「お前、大島の潮か。なんでまたお前さんがこんな船に乗っているんだ?」
「そりゃあでっかい船には乗りたいだろ?」
「それはそうだがな」
「俺は阿曽沼家の大槌十勝守兼海軍提督得守だ」
「阿曽沼?聞かねえ家ですね」
「まあそうだろうな。奥州と言えばわかるか?」
「はぁまぁなんとか。いやしかし陸奥でこんな大船を作っていたとは……」
まあ普通思わんわな。この時代の先進地は西国なわけだし。
「それであの島には上陸していいのか?」
「皆様にお分けする水も食い物もありませんので、申し訳ねえですが」
なんでも平地がほとんどなく雨が降ってもそのまま海に流れてしまうという。桶などでなんとか使う水をためているがとても分けるほどの量は無いという。
「ここは伊勢の領であろう?願い出などはしないのか?」
「今の領主が伊勢だか三浦だか関東管領だかしりませんが、願い出などしたところで戦が忙しくこんな遠い島にはもの好きと流人以外誰も来ませんて」
どこか諦観したかのようにそう答える。
「そうか……。その様な島に頼むのも忍びないが、この島でも椿油を作って欲しいのだが出来るか?」
「それはまあ構いませんが」
「支払いはおそらく米になるが良いかな?」
「もちろんでさ!」
「では邪魔したな。少ないが礼を……」
酒樽と玄米五俵を持ってこさせる。
「へへへ、阿曽沼様でしたらいつでも歓迎いたします。なんなら伊勢の代わりに俺等の領主になって頂けますと……」
「なかなか笑えない冗談だな。当家は伊勢と手を結んだのでな」
「まあそれでも今までほったらかしにされていたのに較べれば商いとは言え来て頂けるだけでも有り難いことです」
といっても接舷できるか分からない島では手の差し伸べようもないな。島の長はそう言って船から下り、そして大きく手を振って俺たちを見送ってくれた。
次の双子の島、たしか新島だったかは目と鼻の先なので日が沈む前に到着する。
「ほぉ、奥州からですか。それはなんと遠いところから!」
島名主を名乗る男、潮は余り知らない奴のようだが、よそ者の俺たちにもニコニコと話をしてくる。
「この島ではなにか採れるものはあるのか?」
「この小さな島では碌なものはありませんが……」
「この囲炉裏に使っている石はなんだ?」
「これですか?あれは山から切り出してきた軽石でして燃えないので
抗火石か……殿に見せたら喜ぶかもしれんな。
「いくらか分けてくれんか?」
「へ?この抗火石をですか?」
「ああそうだ」
「こんなもので良いのですか?」
「当家の殿は変わり者でな、珍しい植物や石が好きなのだ」
そういうことならと物置から抱えるほどの大きさの石を持ってこさせる。
「思ったより軽いのだな」
なるほどこれなら水に浮くのも分かる。
「鋸などで簡単に切れますのでいろいろ使い勝手も良いです」
その後酒盛りになり、一通り騒いだので朝までゆっくりさせて貰うことになったがしばらくすると物音がする。
「船員連中を家から出せぬようにしろ。船は暗がりに任せて襲え」
まあこういうこともあるわな。副長には警戒するよう言っているがどうだろうか。
「おい潮、起きろ」
「旦那どうしたんで?」
「静かにしろ。どうやら捕らえられたようだ」
「何だって!」
「だから静かにしろ。む、誰か来る。寝たふりしろ。騒げば逃げ出せなくなる」
そういうと不承不承、潮も黙って目を閉じる。他の船員達も肝が据わっているのか暢気なのか中には高鼾を描いて寝ているものも居る。
「どうだ?」
「よく寝ている」
「念のため縛っておくか?」
「んなの要らねえよ。殺して身ぐるみ奪っちまおうぜ」
流人の中でも手癖の悪いものか。全く困ったものだな。
「へっ暢気な面して寝てやがるな。せめてもの慈悲だ、すっぱりあの世に送ってやる……っが!」
大きく振りかぶったところを足で払い、胸に隠していた小刀で襲撃者の喉仏を貫く。
「ずいぶん大きな音を立てるじゃねえか起きちまうぞ……むぐっ!」
素早く立ち上がって潮を斬ろうとしていた若い男の口を手で塞ぎ、反対の手で首の付け根を突き刺す。
「わっぷ!血が……!」
「ぼさっとするな。刀は振れるか?」
「ふ、振り回すくらいなら……」
「それでいい。おい皆逃げるぞ。寝こけている奴もたたき起こせ」
逃げる序でに火薬で火をつける。これで船にも伝わるだろう。勿論島のものにもバレるので藪に隠れていると火に気がついた島の者が何人か駆けてくる。
「掛かれ!」
号令と共に藪を飛び出すと、火に気を取られていた連中は驚愕の面となる。動けぬうちに敵の胸に刃を突き立てる。
粗方片付けて船に向かうと島のものが幾人か膝を着いて待ち受けている。
「あやつらは最近流れてきて島の中を荒らしていたのです。おかげさまで……」
「であれば今は良い。船が心配なので御免」
敵意が無いならそれで構わないわけで急いで船に向かうと既に戦闘が始まっているのか鉄砲の音が聞こえてくる。
「始まっておったか!」
何人かが船にとりつこうとしているが乾舷が高いお陰で船に取り付けず一方的に射たれている。敵わないとみて此方に逃げてくる連中を斬っていく。
「おっとお前は名主を名乗っておった奴か。命乞いをするならここは生かしてやろう」
「も、申し訳御座いませぬ、つい出来心でして」
額から血が出るほどこすりつけて土下座してくる。
「そうかそうか。おい簀巻きにしろ」
「な!殺さないのでは!?」
「ああ、まだ殺さんさ」
そういうと簀巻きにして乾舷から吊り下げて一晩明かす。日が明けたところで村に連れて行き話を聞き出す。
「なるほど、お前はこの島に流されてきた連中とつるんで悪さをしていたってことか」
なかなかの乱暴狼藉だったようで島民の目から殺意の波動が感じられる。
「で、本当の名主はそこの……」
「創兵衛と申します」
「であるか。そうだな……とりあえずこの島の石は貰いたいのだが良いかな?」
「それは勿論構いません。しかし本当に陸奥の殿様がこんな石を好まれるので?」
「さあな。それは分からんが珍しいものがあれば持って帰ることにしておるのでな」
「はあ。分かりました」
「それでこの偽名主はそうだな。序でですまんが人が入れるくらいの穴を掘ってくれんか、ああ首が出るくらいにしてくれ」
島民が首をかしげながらも穴を掘ると、偽名主を入れて首だけ出す。
「カシラもなかなか酷えことするなぁ」
「ちょっちょっとまってくれ殺さないんじゃないのかよ!」
「ああ俺は殺さんさ。さあ名主よ、こいつを如何するかはお前等が決めれば良い」
そう言うと何人かの民が家へと走って行く。
「大変お世話になりまして、なんとお礼を申せば良いか……」
「なに、次来たときに水と食い物を少し分けてくれればそれでいいさ。じゃあな」
そう言って船に戻り船を出そうとすると、ものすごい絶叫が聞こえた。
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