第三百九十話 小田原へ

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 雪が溶けてきた。山の向こう、稲庭でも雪が溶けつつ有り、須川の陣屋に二千の兵を増田の陣屋に千の兵を入れて春季攻勢を始めた。まず手始めに冬の間に組んでいた浮き橋を数本、成瀬川に投入し鉄砲と大砲の援護射撃を受けつつ渡河を行い、増田側に注意を引いたところで須川から峠越えで稲庭城の城下まで一気に突入した。


 稲庭城を包囲されたと聞いて成瀬川を挟んで対峙していた者たちの多くは投降し、将のいくらかは稲庭城へと駆け、またいくらかはまだ雪深い山に入って落ち延びて行ったと袰綿勘次郎から報告を受ける。


「籠城戦か。長くなりそうだな」


「殿が戻られるまでには落ちているかと」


「それは希望でしかないな。まあ他と戦をしておらぬからゆっくり攻め落とせばいい」


 急いで攻め落とせば人的損害が出るし、今回みたいにゆっくりやると銭がかかる。困ったものだな。


「まあ銭はまた稼げばいい。幸い紙も銅も売るほどあるからな。上方で吸いきれぬなら明や朝鮮に押し付けてやれば良い」


 輸入制限がかからなければいいんだけど、その時は考えよう。


「それと久慈に魚油の試験工場が完成しました」


「小田原から戻ったら視察に行くと伝えてくれ」


「御意」


 試験稼働はこれからだそうだ。最初の数年はあまり上手く行かないだろうけど、捨てられていたイワシを使うからまあいいだろう。


「それではそろそろ行くか」


 常御殿から書院を抜け玄関の間に向かうと少しふっくらとしてきた雪が待っている。


「道中お気をつけて」


「子が産まれるまでには帰ってくるが、無理はするなよ?」


「大丈夫よ。義母上様も母様もそれこそ田代様だって居るわ」


「それもそうだな。では土産を楽しみにしていてくれ」


 そう言い置いて城を出る。


「では勘次郎、護衛を頼むぞ」


「おまかせを。と申しましても左近様もおられますので某の出番はないかと」


 整備を進めている警保局ではあるが真っ先に作られた要人警護を専門とする警護課から腕利きを数人連れている。


「勘次郎!殿になにかあったら許さんからな!」


「心配するな新兵衛!その時は潔く腹を切ってやる」


 顔合わせでいきなり斬りかかられることは無いはずだから……。だよね。でも戦国時代だからありえなくは無いか。


 大槌までは来内新兵衛も着いてくる。その道中、笛吹峠で新兵衛が話しかけてくる。


「殿、鉄道というものですが、千分の二十の傾きまでしか走れぬということでしたが」


 ぬるめなど温水池の建造は一応完成し、温水地や圃場改良などの研究と建設が満次郎に移管された。その分余裕が出たはずなので鉄道の設計に取り掛かってもらっている。最初は硬い栗の木などをレールに使う予定で、摩耗具合を見ながら鉄に順次交換していく予定だ。


「なにか問題が?」


「問題しか有りません。とてもそんな傾きでは作れませぬ」


「山に穴を掘って隧道を作ればよかろう?」


「そんな隧道を作れるなら苦労しませんよ!」


 そらそうだ。


「それに隧道だけでなく谷を越える大きな橋も必要になりますが、とても作れません」


 まあこの時代の技術ではそうだろうなあ。新幹線みたいな高規格路線になるだろうし無理だよなぁ。


「界木峠を越えるのならどうだ?」


「あちらならまだマシですが、それでも坂が急なのででつづら折りに作るしかございません。それにやはり大槌側が坂がきつくなっておりますので難しゅうございます」


「できぬか?」


 頭をカキカキ来内新兵衛が答える。


「なんとかやってみますが、それで蒸気が使えるかはまったくわかりません」


「まあ蒸気が使えずとも荷運びがしやすくなろうからじっくりやってくれ」


「はぁ、無茶だわ」


 そんな事を話しながらやや速歩で進み、夕方には大槌の街に到着する。


「殿、お待ちしておりました。船は予定通り明朝に出せます」


 大槌城で報告を受ける。


「それと今朝がた来た早舟で箱館を抑えたと報せが来ております」


 ようやく箱館を抑えたか。まあなるべく穏やかに吸収するようにしていたので時間がかかったがこれで津軽海峡の両岸を抑えたことになる。


「今後は箱館に城と湊を築くと」


「相分かった。では褒美を取らす故、秋頃に登城するよう申し伝えてくれ」


「はは!」


 翌朝、日が昇りきらぬうちから船に乗り込み出港する。


「今日は波も穏やかで絶好の航海日和ですな!」


「そ、そうか」


 結構跳ねるんだがそれでも穏やかなのか。


「と、殿すみませぬ某少し海風に当たってこようかと」


 そう言い置いて袰綿次郎が蒼い顔で出ていく。


「ところで十勝守、今更なのだがそれは何を描いているのだ?」


 半刻毎の位置を記して居るようだが。


「これは航海の過程を記しておるのです。現在の緯度と正中時から一応の経度に風向き、吹き流ししかございませんがその時の風速などを記載しております」


「それを記してどうなるのだ?」


「この時代ではGPSなどの便利なものは有りませんし、海図が存在しませんのでこれで自分の居場所を判断するしかないのです」


「なるほどなぁ。それで海図は作るのか?」


「一応、航海の情報を集めて作っているところではございますが、如何せんまともな地図もございませんので、陸、特に海岸線の正確な地図がなければ如何に海図があれどもいまいちになってしまいます。ですので測量士も増やしてほしいのです」


 うむむ、測量士の養成も急務か。地図が必要なのはそのとおりだが人材育成が追いつかんぞ。優秀な船員も作らねばならんしもうどうにでもな~れ。


「しかしまあ殿のお陰で食うものが増え、子供も増えておりますから徐々に改善してくるかとは思います」


「そうか、そうだな。時間はかかるが少しずつやっていくか」

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