永正13年(1516年)
第三百八十九話 新年の集い
鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷
年が明けて小田原の伊勢に会いに行く支度を始める。
「伊勢に嫡男が産まれていたのか」
「伊豆千代丸と言うようでございます」
「ふむ、では土産を増やさねばならぬな。何かいいものはないか……」
左近から伊勢の情報を聞きつつ、考えるが妙案は無い。前世みたいに金でも包んでおけばよいとわけにはいかんからなぁ。
「どうせ子供にはわからないんだから大人が喜ぶものでいいんじゃないの?」
調子が落ち着いてきた雪が身も蓋もない事を言ってくる。
「そういうわけには行かぬだろう……木馬でも贈ってみるか」
「なに?攻め落とす気?」
「いやいや乗って遊べる揺れ木馬だよ!」
なんで誼を通じようって時に攻め落とすとか、トロ……なんだっけか戦争かなにかかな。いずれ使える戦場とか有れば面白そうだな。
「まあ伊勢家の印象を良くしておけば幕府にも悪く思われないだろう」
「しかし殿、伊勢は戦上手とは言え古河公方や関東管領に勝てるのでしょうか」
「古河も上杉も一枚岩ではないからな。それに較べて伊勢は家中がしっかりまとまっておるようだと保安局から報告が上がってきておるぞ」
「家中がまとまっているだけで勝てるほど甘くは無いでしょう?」
「それなら当家はここまで大きくなっていないさ」
まとまりがない集団などどれだけ立派な武器を持っていても烏合の衆だろう。まあうちは火薬や火器を唯一保有しているという利点があるわけだが。
「ねぇ小田原までどうやって行くの?」
「ん、ああ船だな」
「蒸気船を見せちゃっても良いの?」
「罐を炊く予定はないからね」
どこかの水軍が襲ってくるようなら考え物だけど。
「そういえば伊勢はいま三浦某を攻めておるのだったな」
「は、新井城という城に籠城を続けておるようです」
「三浦は水軍などは持っているのか?」
「持っておるようですが……殿、まさか」
「ははは、まあ手に入るなら有り難いことだが、伊勢に挨拶がてら話してみても良さいだろう」
「その三浦がウチに来るかしら?それに伊勢がそれを許すかしら?」
そこが問題なんだよなぁ。まあそこはダメ元で聞いてみればよかろう。
「伊勢のことも大事だが小野寺はどうなっている?」
「雪に閉ざされて余り聞き漏れては来ておりませんが、今のところ降参してくる動きはないようです」
時々火事にはなっているようだが決定的な窮乏には至っていないと。これもまた面倒だな。ゆっくり追い詰めればいいからいいけども。雪が解けたら成瀬川を渡ると見せかけて須川から峠越えで稲庭に攻め込む予定だ。
「うまくいくと良いわね」
「そうだな。ところで稲庭うどんの製法って知ってる?」
「ごめんね分からないわ」
「そっか……まあしょうがないか」
あのつるつるしたのどごしが再現できれば良かったんだけどなあ。
「殿、工部大輔様が参られました」
「お、来たか。通してくれ」
「では私はこれで……」
そして左近と入れ替わるように弥太郎と一郎が入ってくる。
「失礼致します」
「おう、十勝守ももうすぐ来るだろう。菓子でもつまもうか」
手を叩くと桃花が白湯と菓子を持って入ってくる。
「おお、金平糖ですかこれはこれは」
「それで家の方はどうだ?」
「おかげさまで娘も息子も元気にしております。あとは一郎が祝言を上げてくれれば文句はございませぬ。それよりも雪様がお元気そうで何よりですな」
「ふふ、ありがとう。漸く落ち着いてきたわ」
そして十勝守も入ってくる。
「お待たせしましたか」
「いやいや雑談会なんだからそんなの気にしなくて良いさ」
「お、雪様の身体は落ち着かれたようですな」
「ええ、あとは無事に生まれてきてくれれば良いんだけどね」
「三喜殿がおられるのだから大丈夫でしょう」
「そういえば華八郎は今年十二か」
「ええ。兵学校に入りたいと言っております」
「それは重畳。しかし水夫は足りておるか?」
「生憎と足りませんな」
急速に海軍も拡大したが船乗りが足りなくてこれ以上の拡張が難しいんだよな。
「どこかの水軍を襲って水夫をいれるか?」
「そんなのは役に立ちません。海事学校を作って養成と航海術の改良を研究させようかと考えております」
「大槌にも兵学校を作ろうかと思ったが、海事学校とやらを作るならそれでいいか。予算は付ける故急ぎ拵えてくれ」
軍学校でやろうかと思ったけどそれはもう少し船員などが増えてからで良いか。
「それで弥太郎の方はどうだ。今は蒸気機関をスチブンらに任せておるのだったか」
「ええ、蒸気機関はあやつらに任せてます。私は石油が手に入ったので蒸留器を拵えているところです」
「蒸留器か。試作品があったらくれないか」
「では後ほどお持ちします」
「頼んだ。ところで旋盤とかはどうなってるんだ?」
旋盤も作るとかなんか言ってたように思うけど。
「旋盤に関しましては俺が担当しています」
「一郎が?」
「時計の部品を削り出すのに必要ですので」
なるほどな。
「では引き続き頼む」
「はは!」
「弥太郎、一郎の嫁を見繕ってやってくれ。それと一郎にも名字を与えよう。時計を作るから
我ながら安直だな。しかし時計さんというわけにもいかんだろう。もしかしてそういう名前もあったりするのだろうか。
「ありがたく頂戴いたします」
「では農工商務院技術局の局長にしておくから早く妻帯しろ」
先端技術研究所のも拡大してきて事務員やら下男下女やらが出入りしているんだから気に入ったやつに手を出せばいいだろうに。
「妻帯と言いましても俺はまだ二十ですよ?」
「おいおい、それなら俺はどうなる?」
「殿は殿なのでやむを得ないかと。俺のような一研究員には早すぎるかと」
弥太郎もツッコミを入れたがああ言えばこう言う感じであまり積極的に妻帯しそうにないな。
「そう言えば十勝守、華鈴殿が連れてきた下女、あれはまだ祝言を挙げておらんだろう?」
「希勢でございますか、確かに歳も二十ですが祝言もまだですな。華鈴とも話しておきます」
「あの、俺の意思は……」
「なに、希勢殿は美人だ。きっと気に入るさ」
大槌は家族皆で挨拶に来るからな。希勢も一緒に来ているから顔はよく分かる。うん、美人だった。
「それはそうと北海道各地と千島や樺太、勘察加に番屋を置いてくれんか」
「番屋をですか」
「ああ、交易拠点とするのもあるが同化拠点にもしていきたいのだ」
「わかりました。ではそのように」
「それと今年の小田原までの航海を頼む」
「ええ!おまかせを!房総沖さえ穏やかでしたら問題ございませぬ。それでですね、もしよろしければ伊豆諸島と小笠原諸島の探索をやりたく存じます」
「伊勢との会談が終わった後なら構わんぞ。しかし伊豆諸島はともかく小笠原諸島の場所はわかるのか?」
島伝いに行ける伊豆諸島と違ってそこから数百キロほど南に向かわなければならないわけだし。
「正直わかりません。五日ほど探索して見つからなければ引き返しますので、どうか許可をお願いしたく存じます」
「わかった。それで良いから行って来い」
「はは!ありがたく!」
「ハワイ旅行にいきたいから、ハワイ航路も早く見つけてね!」
「雪、この時代のハワイはリゾートじゃないぞ……」
「いいのよ。そんなのは気分の問題なんだから」
そういうものかな。まあでも行ってみたいな他所の国。
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