第三百八十八話 できました

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 守綱叔父上に以後の管理を任せて遠野に戻ってきた。


「飢え殺しみたいになるかしら?」


「もう少しすれば雪で閉ざされるから上手く行けばいいな」


「そこで葛屋とか保安局なんかが入り込んで、うちが及び腰だとかなんだとか噂を流しつつ食料を高く買っているのね」


「まあこの土地では売るほどの食料がなかったりするからどれほどの効果が得られるか疑問だけどな。食い物が無くても火事が起きるからなんとかなるだろう」


 それよりも問題は横手城の水源を用意しなければならない。幸い沢はあるので当面はその水を使えばよかろう。


「そう言えばなんで小野寺攻めを急いだの?北条にマウントを取るだけなら北州管領も陸奥守も官位までもらってるんだから十分じゃない」


「うん、まあそれはそうなんだけど北条は武蔵を抑えるとだいたい百万石になっちゃうんだよ」


「あっ!」


 関東ローム層で稲作に適した土地が少ないと言っても東北なんかより余程生産力が高いんだよね。


「うちも頑張っちゃいるけどうちの取れ高は不安定だからね。雄勝郡はぜひとも抑えておきたかったんだ」


「米なら伊達とか蘆名を攻めた方が良かったんじゃ無い?」


「米より確実なもので、江戸時代を通じて日本一かつ明治以降は東洋一とも謳われた院内銀山があるんだ。これを押さえることができれば……」


 経済的にはかなり余裕が出るだろう。


「そんな銀山があったのね」


「石見銀山や生野銀山の影に隠れているし明治時代に火事が起きて衰退してしまったからね」


 最盛期には二十トン以上も産出した化け物銀山たる石見銀山や最盛期に二百トン以上産出したゴジラ的銀山たるポトシ銀山は規格外としても毎年数トンの銀を産出した鉱山を押さえるメリットは大きいだろう。明との交易にも必要だしね。


「それなら伊豆にも金山が有ったように思うけど」


「土肥金山を筆頭にした伊豆金山だな。確か金の産出量は多くて佐渡金山に次ぐ産出量だったかな」


 佐渡島に隠れがちだけど伊豆も大金山なんだよね。


「戦国時代に発見されて江戸時代の初期がピークだね」


 割とピークまでは短かったけど、重要な鉱山であることに変わりはない。伊勢がどの様な意図で俺と会いたいのかわからんしもし金山を見つけていたらどうしようかな。


「それを携えて伊勢宗瑞と面会するわけね。いいなぁ私も会ってみたかったわ」


「そのうち会えるんじゃないのか?」


「そのうちねぇ……史実通りなら永正十六年、あと四年足らずで死ぬはずなのよ」


「そうなの?ちなみに死因は?」


「よくわかっていないわ」


 前世のように死因が特定できる資料があるわけじゃないし。


「しかし後四年まてば早雲は死ぬんだな!それはいいこと聞いた」


「あくまで史実通りならよ」


 氏綱も侮れないが、応仁の乱の京を生きた老獪な将は怖いからな。人の死を望むのは良いことではないが、怖い存在には退場していただきたいからな。



阿曽沼雪


 殿の前では気張ってみせたけど、最近なんだか眠いのよね。時々お腹が痛くなるし。部屋に戻るなり紗綾が脇を支えて、布団に運んでくれる。


「姫様、お加減如何ですか?」


「紗綾……ええまあ大丈夫よ」


「お顔が優れないようですが」


「ちょっと寒くなってきたから疲れが出ているのかもしれないわね」


 実際ちょっと気だるさがあって今も布団を敷いて横になっている。


「温かい麦汁をお持ちしておりますから、お召し上がりください」


「ありがとう」


 甘くて美味しい。おかゆもなぜか臭い気がして食べたくないからとても助かるわ。


「やはり田代様に診ていただいたほうがよろしいのでは……」


「でもそうしたら殿に迷惑かけちゃうし」


「何を仰るのです!普段の姫様らしく有りません!その様なお姿で心配せずには居れません!誰か、田代様を呼んできてください!」


 私の静止を無視して紗綾が下女たちに田代様を呼んでくるよう指示を飛ばしている。


「雪!体調が悪いだと!」


 殿がドタドタと駆けてくるものだから頭に響く。


「大丈夫よ。ちょっと最近の寒さで疲れが出ただけだから」


 殿がおでこに手を当てて心配そうに見てくる。殿の手がひんやりしてて気持ちいい。


「やっぱりちょっと熱っぽいな。顔も赤いし」


 さらに少しして母様と大方様がお見えになる。話を聞いたら何かわかったのかどちらもにこにこしている。


「母上、お春さん、なぜそんなお顔を?」


「ふふふ、そりゃあ良い報せでしょうから」


「大方様の仰るとおりよ」


「え、大方様も母様もおわかりなんですか?」


「ええ、まあ田代様が来るのを待ちましょうか」


 殿も紗綾も不思議そうな顔をしている。多分私も。


「おそらく御子ができたのでしょうな」


「え、子供?」


 女科を学んでいる産婆の芳が診察を終えて田代様と話し合った後そう告げてくれた。


「はい。お体の具合がよろしく無いのは御子ができ、大きくなるための準備が始まったものかと思います」


「本当?」


「だから言ったじゃない。良い報せだって」


「うぅーよかったぁ」


 嬉しいようなホッとしたような、色んな感情が綯い交ぜになって涙が溢れる。


「そうだな。良かった」


 そう言って殿が私の頭を胸に抱き寄せるとちょっと安心してまた涙が止まらなくなる。そして外からは祝じゃー!とか宴よー!とか言う声が聞こえてきた。

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