第三百八十三話 火龍

石巻城 阿曽沼遠野太郎親郷


「おはようございまする。昨晩は誠に旨い馳走を賜りましてありがとうございます」


 目が醒めた古川持忠が挨拶してくる。


「おう。貴様の嫡子が当家の兵学校に入ることになったぞ」


「それは……」


「貴様が眠りこけているときに、華丸たっての願いと言ってきたのでな。勿論許可をした」


「愚息をよろしくお願いいたします」


「うむ。それともう一つ華丸から聞いたのだがな、貴様、一揆を企てておるそうだな」


 思わず顔を上げたが目が左右に激しく泳いでいる。


「そんな顔されてはそうだと言っているようなものだ。どうする?当家は裏切りには厳しくしておるのだが」


「あ、あっあっ……」


 しかしまあ挨拶に来て油断させつつ一揆を起こすつもりだったのか。それとも寝首を掻こうとしていたのか。


 後ろから守儀叔父上に骨が折れぬ程度に蹴られて盛大に倒れ伏す。


「はぁ、はぁ、お、お許しを……」


 数度叔父上が胴を蹴り、盛大に嘔吐しながら許しを請うてくる。


「華丸の顔を立てて一度だけ機会をやろうと思う」


「な、なんなりと」


「この酒、眠り薬がたんまりと仕込まれた酒なのだが、十日後の集まりの際に振る舞え」


 阿片がたっぷり入った酒だ。もしかしたら飲み過ぎたら死んでしまうかもしれない。


「あ、集まりのことまで、ご存知とは」


「当家の保安局は優秀でな。貴様らの動きは筒抜けだ」


 古川持忠は口をパクパクするだけで言葉にもならぬようだ。叔父上にまた蹴られたからかもしれないけど。


「どうだ返答次第では貴様と家族だけは助けてやっても良いぞ?」


「おね……がい、申し……あげます」


 どうやら説得に応じてくれたらしい。


「では丑の刻になったら笛が鳴る故、半刻以内に城を出ろ。遅れた場合は知らん」


「は……む、陸奥守様の、仰せ、のままに」


「華丸に感謝しておくのだな」


 ふらふらと持忠が立ち上がりよろよろと部屋を出て行く。


「いいのか?」


「ええ、一度くらいは許しても良いかと」


「しかし何れまた一揆を企てるかも知れぬぞ?」


「そのときは華丸を大将にして鎮圧させますよ」



 古川城近くの藪(ここから三人称です)


「皆仕掛けは良いか?」


「は、堀という堀に臭水を入れて参りました」


 鷺に率いられた天狗面の保安局員が集う。


「しかしあの臭水という物はなかなか火が付かぬ物だったかと」


「殿の仰るには燃えやすくする手立てもあるということだが」


「今回には間に合わなかったと」


「そういうことだそうだ」


 あのどろっとしてなかなか火の付かない臭水をどのようにすれば燃えやすく出来るのかと、そしてなぜそれを殿が知っているのかと鴎は疑問を感じたが、いまはそれを考えるときではない。為すべき仕事を行うのみと思い直す。


 満月が真南を過ぎて一刻、特別に貸与された試作品の懐中時計が丑の刻をさす。


「笛を鳴らせ!」


 甲高い笛の音が静寂しじまを切り裂いていく。

 しばらくして人影が数人分城から出てくるので確認のために近付く。


「古川鶴太郎だな」


「如何にも、貴様等は殿の遣いか」


 鴎が頷くだけだったので、古川持忠は些か気分を害したがここで喚いても仕方が無いので言葉を呑み込み家族とともに城を離れる。


「首謀者は全員眠りこけています。あぁ一人は既に息が止まっておりました」


「そうか、火をつけろ!」


 空堀の数カ所に薪が櫓に組まれ、そこから伸びる火縄に火が付けられる。しばらくして薪に火が付き少しずつ炎が大きくなっていく。


「これは何をやっておるのだ?」


 火計にしてはずいぶんとまどろっこしいと思う古川持忠が鴎に問う。


「殿の言うには実験と」


 実験等という初めて聞く言葉に古川持忠は首をかしげるが、薪から燃え移り始めた重油をみてすぐに意識が炎に持って行かれる。


「おお……徐々に激しい炎に」


 これまでに経験したことのない激しい火焔に言葉を失う。やがて城が完全に炎の壁に阻まれ、そこに風が吹き込んできたので炎がまるで旋風のように伸び上がる。


「あ、あぁ……俺はこんなことが出来るお方に楯突こうなどと思っておったのか……」


 火災旋風が起きたのはただの偶然ではあったが、遠野太郎親郷がかつて稲荷の遣いなどという噂が立っていたのを思い出し腰を抜かす。


 翌朝、燃え尽きて火が消えた古川城を検分する。


「むう見事に燃えてしまってどれが死体かも分からん」


「鷺、どうする?」


「どうするもこうするも副長(鴎のこと)にそのまま申し上げるしかないだろう」


「いやいやあそこにへたり込んでる古川の当主のことだ」


「ああ……放っておけ。っとこれは刀か」


 刀も焼けてしまい個人を特定できるほどの物は何も出てこなかった。


「やむを得ん、あそこで腰を抜かしている古川の一族に縄を打ってから水をかけて気付けしろ。帰るぞ」


 その後阿曽沼に謀反を起こそうとしたら天が怒り、火の龍を遣わして骨も残らぬほどに焼き尽くされ、直前に挨拶に赴いた古川は助かったという逸話が残った。

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