第三百八十二話 乱の兆し

石巻城 阿曽沼遠野太郎親郷


「伊勢はなぜ遠い当家に遣いなど送ってよこしたのだ?」


 守儀叔父上が首をひねる。


「解りませぬが、関東管領や古河公方と争っておりますのでその辺りかもしれません」


 本当になんでこの時期にわざわざ俺に会いに来たのだろうか。石巻に来るというのは隠していなかったとはいえ、風間の連中でも動いているのか。


「鴎、最近領内に怪しいやつはおらなんだか」


「は、関東からとみられる流人は増えておりました」


 そこに紛れて来たのだろうな。製鉄所や煉瓦工場に鉄砲、製紙ほか蒸気機関など重要な産品は就業者をみはらせていたものの、おそらくいくらかは流出しただろう。伊豆ならともかく、相模であれば隠せる場所はあまりないから挨拶に向かったときにでも見れるだろうか。


「伊勢について何か情報はあるか?」


「相模をすべて手中に収めるべく、今は三浦が立てこもる新井城の籠城戦を戦っているようです」


 すでに去年から籠城戦になっているようで攻める伊勢もよく補給が保つなと感心するが、三浦とやらもよく耐えているな。


「扇谷も援軍を出したようですが、伊勢に尽く防がれている模様」


「むう、やはり伊勢は戦上手だな」


 それだけで関東に覇を唱えたのではないのだろうが、やはりできれば直接対峙は避けたいな。伊勢とやり合うなら当家をもっと富ませておかねばな。であれば出羽侵攻もやらずに領国開発に勤しむか。


「よし、出羽侵攻はやめましょう」


「む!?」


 守儀叔父上が目を剥く。


「少なくとも今年はまだ領内を安定させることを優先すべきでしょう」


「それはいいがそれでは伊達への約束を違えることになるぞ」


「ですのでまずは伊達と戦っている各家に停戦していただくよう文を送りましょう」


「そんなのを聞くとは思えぬがなぁ」


「それはそれで正式な陸奥国守たる当家の言葉を軽んじるということですから、それ相応の対応を取ることが出来ます」


 そして奥羽の統一……はまだ気が早いな。

 

「殿、もう一つよろしいでしょうか」


「なんだ」


「大崎や葛西の配下だったものの一部が古川の呼びかけに呼応し一揆を企てていると」


「真か?」


 ふむまあ当主が負けたからと言ってハイそうですかと大人しくするはずはないか。自分の知行がなくなるわけだからな。


「概ね間違いはないかと」


「叩き潰すんだよな!」


 守儀叔父上が戦をしたそうに言う。


「ええ叩き潰しましょう。それで鴎、古川の居館に一揆の首謀者が集まるのはいつだ?」


「次は十日後に集まって案を練るようでございます」


 十日後か。それなら十勝守に運ばせたものの使い道のなかった石油が使えるな。


「火薬と臭水を使って良い」


「……承知しました。直ちに」


「殿、一体何をするつもりなのだ?」


「叔父上の言う通り一揆を企む者等を叩き潰すだけですよ」


 戦をすると土地が荒れるからね。首謀者だけ刈り取れればいいだろうということで、葛西戦で実行できなかった煉獄作戦をここで活用だ。


「う、うむ、そうだな。領内の安寧のためには反乱を未然に防がねばならんな」


 叔父上にもご理解いただけたようで何よりです。


「なぁ」


「なんでしょうか」


「やっぱり三戸の大火ってお前さんの差し金か?」


「さて、どうでしょうね?」


「は、はは、とんでもねえ奴と同じ時代に産まれちまったな、こりゃ」


 叔父上がやれやれと頭を掻く。殺らなきゃ死ぬかもしれなかったからなぁ。それに比べて今度やるのはただの見せしめだ。何度もやりたくはないな。


「そういえば古川が挨拶に来ているそうだが」

 

 そう、叔父上の言うとおり古川が挨拶に来ている。殊勝なことだ。


「ええしっかり持て成しますよ」




 別室で待機させていた古川親子を入れる。


「お目通り叶いましてありがとうございます。古川鶴太郎持忠と申します」


「同じく、嫡男の華丸でございます」


「よく来たな」


「は、此方においでになると伺いましたので一度挨拶をと」


「うむ、未だ挨拶にも来ぬ奴もおるからな」


 というか大崎の旧家臣はまだあんまり挨拶に来てないんだよな。四方田みたいに当主と嫡男が岩谷堂の戦いで死んだ奴も居るし氏家のように十勝に付いていった者もいるけど。


「はは……それは、私から挨拶に参じるよう申し伝えておきます」


 殊勝な顔をしながら古川鶴太郎が応える。


「うむ、頼むぞ。それで古川、貴様の治める古川はなかなか良い土地と聞いておるが」


「米作りに適した土地が広がっておりますので。しかしやはり水害が、そうで無ければ渇水が多いのが悩みの種で御座います」


「むぅなるほどな」


「陸奥守様、お伺いしてよろしいでしょうか」


 嫡男の華丸が怖ず怖ずと聞いてくる。


「申してみよ」


「ありがとうございます。陸奥守様のところ我らは領を手放せばならぬと聞いておりますが、真に御座いましょうか」


 そこは気になるよな。


「必須というわけでは無いが、当家の家臣共は年貢の取り立てなど管理が面倒だと言って俺に投げつけておるのだ」


「な、なるほど」


「まあその分集中して田畑の改良や用水や街道、湊の整備などを順次行っていっておる」


 まあやらなきゃいけないインフラ整備が多すぎて全然追いつかないのだけど。


「今の所領を差し出しました場合はどうなるのでしょうか」


 だいたい皆同じこと聞いてくるな。収入に直結するから仕方ないけど。


「すでに文で出しておる通り、俸禄、米払いか銭払いか好きな方を選んで良い」


「なるほど……」


 まるで初めて知ったかのような反応だな。古川持忠は渋い顔をしている。


 その後酒宴で持忠が眠りこけたところ、華丸が平伏しながら小声で話しかけてくる。


「実は父と一栗などが一揆を企てていると耳にしております」


「なぜそれを俺に伝える」


「父からは陸奥守様に所領を奪われて放逐されると聞かされておりましたので」


 嘘をついているような顔ではなさそうだな。


「……貴様は信用しよう。当家では人材が不足しておってな、文武どちらの役をやりたい?」


「それは勿論、武で御座います!」


「よし!守綱叔父上には文を書く故、十日後までに遠野の兵学校に入れ」


「十日後までに……承知しました」

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