第三百八十一話 北上川視察 参

北上川 川船 阿曽沼遠野太郎親郷


 しばらく山に挟まれた狭隘部を抜け上沼に出てくる。前世ではここから南に向かいS字に蛇行して海に向かっていくわけだが、この時代はまだその流れでは無くここからやや西寄りに流れを変える。


 んでまあ見事にぐねぐねと、まるで大蛇の如く曲がりくねり迫川と佐沼で合流する。このあたりは何本も川筋があるけど、北上川はこのまま南西に向かってながれ、蕪栗沼という沼のそばで流路を南東に変え和渕へと至る。


「このあたりは沼が多いな」


 そしてところどころ島のように丘が存在している。


「へい、お陰で夏になると水が腐って臭えんです」


 水が腐るので米の出来もいまいち良くないし、少しの雨で水害が起きて収穫が減少してしまうという。


「水は必要だが有りすぎても困るもんなんだな」


 守儀叔父上がつぶやく。


「今まで我らはどうやって水を持ってくるかだけを悩んでいましたが、この地では逆にどうやって水を捨てるかとなりましょう」


「まったく贅沢なことだな」


 お互いないものねだりだな。これから少しずつ実現させていくわけだけども。

 そう話しているところを当家の川船が近づいてくる。


「何用か」


「殿にお目通りを願うものが石巻城に参っております」


「わかった。夜には付くから宴の支度をしつつ、待たせておいてくれ」


 そう言うと川船は戻って早馬が駆けていく。


「一体どこの誰だ」


「伊達あたりでは無いでしょうか」


「ああ、ありそうだな」


「まあそれはそうと川下りをもうしばらく楽しみましょう」


 そしてしばらく行くと欠山(佳景山駅付近)のそばを下っていく。前世とはだいぶ流路が違うな。


「ここから東に行きまして鹿又かのまたまで行きますと追波おっぱ川がございます。その追波川は往古派川(読み方不明)という川と合わさって雄勝おがつに抜けていきます」


 そういえば前世の北上川は雄勝が河口になっていたな。北上川の付け替えと追波川の拡幅が必要になるが、今生でも北上川を雄勝に流せばいいかな。ここから東に曲げて追波川と繋げば、石巻に流れる水量が減るので湿地対策にもなるし、この鹿又から牡鹿半島沖を回らずとも気仙沼への船を出せるようになる。


 そして前世では石巻専修大学になっていたあたりで東向きになり、井内でU字に曲がって石ノ森萬画館のある中洲周辺の石巻港に到着する。


「でこの湊を見下ろす場所にあるのが石巻城か」


「左様でございます」


「こうやって見るとやはりあの城があると湊が抑えられてしまうわけだな」


「そうですね。で、今後ここが重要拠点になるのですが」


「俺に移れと」


「話が早くて助かります」


 守儀叔父上が大きくため息を付いて渋々と言った表情だ。


「というかここに居た葛西はどこに行ったんだ?」


「太守に敗れた後は伊達に送り返されたようです」


 まあ残っていても反乱の種だから仕方ないね。その葛西本家も蝦夷送りになったわけだけど。大原刑部がいたら任せたんだけど、ついていったから仕方がないね。


 川と河口、そして南に広がる太平洋を眺めながら石巻城に入ると、待ち構えていたかのように客人が二人来ていた。


「先に待ち構えておられたのは白石様ですのでお先にどうぞ」


「忝うござる。某、主君伊達四郎(留守景宗)の命にて阿曽沼様にお助けいただきたく参じました白石幾郎宗清と申します」


 伊達の遣いか。そういえばかなり攻められて居る上に家中も乱れておったな。


「当家に助けをとな」


「何卒……!」


 葛西や大崎をそそのかして当家を攻めてきたのだが、結果として大領を得ることが出来たし如何したものかな。


「ちなみにどこの家が一番苛烈か」


「あ、蘆名でございますが、羽州探題も……」


 もし兵を出すなら出羽か。攻め入る口実も出来るわけだし。


「……ふむ悪くはない、が、そうだな暫し考えたい。何、悪いようにはせぬ」


「何卒よろしくお願い致す!」


 そして先ほど白石に先を譲った俺とそれほど変わらぬ若い男が平伏する。


「名を伺っても良いか」


「は!某、相模より伊勢氏綱の命により参りました大道寺盛昌と申します。これはほんの心ばかりの物でございます」


 伊勢と聞き思わず腰を浮かせそうになる。大道寺って伊勢宗瑞が相模に下向してきたときに一緒に下向してきた家だと聞いているがそれ以上は知らないな。そして出されたのは茶にきれいな砂糖菓子だ。


「それはそれは遠路遙々斯様な田舎までよう参られた。それに斯様なものまでいただいて忝ない。伊勢家のご活躍はこの奥州でも耳にしておりますぞ」


「陸奥守様のお耳にも届いていたとは光栄で御座います。我が主もお喜びになるでしょう」


「田舎者故ぶしつけで申し訳ないが何故当家へ?」


「我が主が陸奥守様と会ってみたいと。それ以上は直接話をしたいとのことです」


 ますますよくわからん。が、俺も本物の北条氏綱にも北条早雲にも会ってみたいし、当面の敵ではないし断る理由はあまりないか。


「では来年にでもお伺いいたしましょう」


「有り難く」


「では堅い話はここまでに致しましょう。宴の支度を。白石殿と大道寺殿は酒はいける口ですかな?」


「勿論でございます」


「もしや阿曽沼様の酒をいただけるので」


 大道寺は素直に返事し、白石は当家の酒を飲めるかもと喉を鳴らしている。


「ははは、では白石殿のご期待通り当家の酒を振る舞いましょう。米の酒か麦の酒か葡萄の酒、どれがよろしいかな?」


「米の酒も美味いときいておりますが、麦の酒や葡萄の酒はそれは格別と伺っておりまして」


「む、麦の酒に葡萄の酒でございますか」


 流石に聞いたこともないか。


「ではまず麦の酒を振る舞いましょう」


 料理と共にビールを注ぐと泡に驚く。


「ここ、これは!?あ、泡の出る酒とな!」


「これが麦酒ですか!くぅ、無理を言って使者にしていただいて良かったわ!」


 大道寺盛昌は目を白黒させ、白石宗清は満面の笑みを浮かべる。


「ささ、ではぐいっとやってくだされ」


 俺がまずぐいっとやると、白石は一緒にぐいっと、大道寺は恐る恐る口を付ける。


「な、なんと奇怪な!」


「くぅ!これは美味い!」


「どうです、白石殿、当家に来ませぬか」


「あいやそれは……」


 断りながらも目が泳いでいるな。


「陸奥守様は富んでいると聞いておりましたが斯様に美味い酒があろうとは……」


「大道寺殿の舌に合ったようで何よりです。さ、飯も食ってくだされ」


「阿曽沼様の米は美味いんですよねぇ」


 白石がガツガツと米を口に放り込む。


「おぉ、確かにこれは美味い……。それにこれは猪ですかな?食べたことのありませぬがなんとも旨う御座いますな。これは麦酒がますます美味く……」


 この時代としたら亀の尾なんて圧倒的に食味良好な米だしな。問題はその改良品種が作れていないことだが。はやくコシヒカリ作りたい。そして猪のベーコンも受けが良いな。ビールが進む。


「あ、阿曽沼様、葡萄の酒は……」


「ははははは!心配召されるな。今用意いたす」


 ある程度食事が進んだところで白石がぶどう酒をせがんでくる。厚かましいがこれくらいは可愛いものだろう。手を叩いて今度はぶどう酒を持ってこさせる。


「さ、やってくれ」


「これが葡萄の酒……なんとも良い香りですな。麦の酒と違い此方は葡萄の香りに甘みに渋みも合わさって実に美味い!」


 白石の飲みっぷりにつられて大道寺もぶどう酒に口を付ける。


「確かに、初めて聞くものですがこれも美味い酒ですな。斯様な酒が有ったとは」


「勿論、伊勢殿への土産としてお持ちいただきますよ」


「これは忝い」


「白石殿、勿論伊達にも土産に持っていっていただきますよ」


 白石が胸をなで下ろす。


 翌日、白石と大道寺が早速とばかりに帰り支度をする。


「では陸奥守様、小田原でお待ちしております」


「うむ、達者でな」


「阿曽沼様、某もこれにて」


「白石殿も当家に寝返りたくなったらいつでも言ってくれ」


「あ、阿曽沼様はご冗談が上手う御座いますな。では御免」


 別に冗談では無かったんだけどな。もう何度か揺さぶれば落ちるかな。はてさて北上川の付け替えも今年から出来るわけじゃないし先に出羽を攻略に取りかかるかな。 しかし伊勢宗瑞は一体なぜ使者なんか寄越してきたのだろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る