第三百八十話 北上川視察 弐
黒沢尻 阿曽沼遠野太郎親郷
二子城を出て前世の北上駅が有ったあたり、黒沢尻の川湊に着く。ここで上流から下ってきた川船から荷を大きな川船に載せ替える。上流の川船が小繰船、ここから下流がひらた船となって概ね四日ほどで石巻に行けるという。
「この船で下るのか」
「へい。この時期は雪解けで流れも順調ですんで、二日でいけると思います」
「川を登るのはどうするんだ?」
「へへへ、風が吹いてましたら風で、なけりゃあ皆で引いて登りますんで大体十五日ほどかかりやす」
「大変だな。ところでこのあたりは水は越さぬのか?」
「水が越すと言えばこの先の狐禅寺のとこでございますね。このあたりも越すことはありますが、あそこは特によく水が越しましてね」
前世でもあそこから狭窄部になる都合上、洪水が起こりやすく国内有数の遊水地になっていたな。この時代なら人を移して遊水地にすること自体は容易いだろうが、堤防内に住み着きそうでどうだろう。
「狐禅寺とは何故狐禅寺というのだ?」
「へい、なんでも平泉が大いに栄えたころに、悪さをする狐を殿様が射ったのでございますが、その狐の首が流れ着いたのが今の狐禅寺の辺りと言われておりまして、そこで怨霊となり人を襲うようになったため狐塚を作って稲荷大明神とし、また別当として狐禅寺という寺を立てたと聞いております」
そういう話を聞きながら黒沢尻の湊からひらた船に乗り込む。
「右手が御存知の通り和賀川でございます。あれもたまに越しますね」
和賀川は上流が鉱山地帯なのでダムよりも鉱山開発が優先だ。赤鉄鉱は和賀仙人鉱山が有名だったな資源量は小さいものの釜石に持って行けば製鉄に使える。問題は運搬するために鉄道が必要だよなぁ。なるべく早く試験線を作りたいけど、鉄が足りないんだよね。
そんなことを思っていると胆沢川との合流部に到達する。胆沢平野の広大な扇状地が開発できれば、石高がまた一気に増えるというものだが未だ開発は進んでいない。それもこれも扇状地に水がないからだ。なんとかするには小規模でも堰堤を築かないといけないから人手が足りないんだよな。どこもかしこも未開だったり荒廃地だったりでわざわざ大規模な水利をしなくても田畑が作れてしまうからな。
「おう、殿!湿気た面してんな!」
「守儀叔父上……いやただ考え事をしていただけです」
下川原湊から乗ってきた守儀叔父上がそういう。
「どんなだ?」
「あの胆沢の荒れ地を稲穂でいっぱいにできればいいのになと」
「昔言っておったな。もしそうできれば城から見えるあの辺りはさぞかし美しかろうな」
「すぐには無理ですね。ほかのもっと水が簡単に得られる土地からですね。なのでまずは桑を植えさせようかと」
すぐに、とは言ったものの開拓しやすいところから開拓していっても数百年は掛かりそうなんだよね。江戸時代から少しずつ開拓していってたけど全てを田畑に出来たのは戦後だったし。
「上方から養蚕のものは来ておらぬだろう?」
二万ヘクタールもの広さをもつこの地が前世のように黄金色の稲穂でみたされる。そんなことを夢に思うも、とりあえず桑を植えて絹を作っていくことにしよう。遠野でもいくらか桑を植えて絹糸を幾ばくか作れるようになってきたが、叔父上の言う通り上方の職人を連れてくることは出来なかったので試行錯誤でやっており品質はお察しだ。
「幸い葛屋や住友がおりますので、善い糸かどうかの判断は出来ます。ですので検品し、品質のそろった物を売り出すようにしようかと」
「なるほどな。しかしわざわざ検品するのか」
「ええ、粗悪品と思われて買い叩かれてはたまりませんので」
これは将来的にポルトガルやオランダなどと交易する際の重要な産品になるので、今のうちから品質を上げていこう。そして蚕の糞を使って硝石を作っていたようなので、堆肥場にもっていけば硝石製造の足しになるだろう。
「まもなく狐禅寺につきます」
守儀叔父上と話をしていたが、気がつくと日が傾いてきており、さらに狐禅寺の湊に到着する。
「陸に上がってもゆらゆらしておるようだ」
「叔父上は鍛錬が足りませぬな」
「そういう殿こそ体が傾いでいるぞ」
普段から船に乗っている船頭ら以外は皆ふらふらと歩く。湊ちかくの船肝煎の家に厄介になる。
「すまぬな」
「お殿様にお使いいただくのに、こんなぼろ屋で此方こそ恐縮で御座います」
「よいよい。無理を言ったのは此方だ。しかしこんなに用意させてしまってすまぬな」
「むしろこんなものでいいのかと悩ましいくらいですが……」
「なにを言うか米の飯に鯉の味噌焼きなどだしてもらって、この土地はそんなに豊かなのか?」
「たまのことで御座いましたらばこれくらいは。それに阿曽沼様に代わって今年は年貢を免除いただいておりますのでいつもの年ほど困っておりませぬ」
そう言って村総出で宴を用意してくれたが、無理をさせてしまったかもな。
「昨晩はずいぶんと馳走になってしまったな」
「そそ、そんな滅相も御座いません!」
村人達を恐縮させてしまったな。湊から再び船に乗り込み下流を目指す。狐禅寺を出るとすぐに両岸が近くなる。
「いきなりこれだけ川が狭くなる、なるほど狐禅寺のあたりは良く水が溜まるであろうな」
「左様でございます。北から水が流れてきますが、流れていくのはここだけですので何時までも水が残ってしまうのです」
その対策で前世ではダムを造りまくってさらに一関の広い土地を遊水池にしていたな。河道を広げるのは現実的では無いから致し方ない。
とりあえず河川舟運を活発化させるための湊の整備を急ぐかな。
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