第三百七十九話 北上川視察 壱

不来方 阿曽沼遠野太郎親郷


 北上川を全て手に入れたので漸く統合的かつしばらく戦が無くなるので腰を据えた開発が出来る。ということでまずは上流方の不来方まできたのだが、そういえば前世の盛岡を流れる北上川よりもずいぶんと蛇行しているような。それに北上川といっても不来方で合流する前だと雫石川のほうがよほど広いような。前世でもそうだったし、雫石川のほうが本流に見えてしまう。


「ここがよく水の越すところでして、北から来る北上川と東から来る中津川がまず合流し、それから雫石から流れてくる雫石川が合わさるが故ですが」


 不来方城を管理する来内茂左衛門紀之から説明を受ける。不来方城は北上川を堀の一部として使用しているが、度々土塁が崩れてしまうと言う。


「ふむ……」


 前世だと治水って如何していたっけな。ダムと堤防が基本のはずだけど後は遊水池を設けたり川筋をまっすぐにして下流に流しやすくするとかだったかな。


「まずは北上川と中津川の合流部を何とかしようか」


「なんとか、とは?」


「北上川と中津川が合わさるところが曲がっており、そして狭いが故に水が越しやすいのであろう。ならば北上川と中津川を分かてば良い」


 前世は三川が一カ所で合わさっていたけど、まずは北上川と雫石川を合わせて、中津川を前世と違って神子田みこだまで曲げてそこで北上川と合流させれば良いのでは。


「なるほど、それでその中津川との合流部に不来方城を移すと言うことですな」


「そうだ。大工事になるが移した折には盛り上がり栄える岡ということで盛岡、とでも名付けよう」


「盛り上がり、栄える岡で御座いますか。善い名前で御座います。是非そういたしましょう。上手く治水が出来ますればこの辺り一帯も安心して米作りに励めるようになりましょうから当にその通りの土地となることでしょう」


 来内茂左衛門が実に楽しそうに話す。周りの者たちも大工事ではあるが水害が減るかもしれないと言うことに目を輝かせている。


「うむ、それに雫石川から用水を引いて来れれば川向こうも広大な農地と出来よう」


「おお、それは夢のようですな。しかしそうなると高水寺が些か邪魔で御座いますな」


 もし開発するなら紫波郡も含めて開発したいところだがあそこは斯波の領。千寿院ならば話が通じるだろうが、そろそろ元服する熊千代はどう出るか。


「斯波を取り込むか、どこか別の土地に移封してしまうかだが」


「それはどちらでも殿の思うままになさればよろしいかと」


「ではこのまま北上川に沿って高水寺城へと行ってみるか」


「ははっ!」


 先触れを送り、並足でゆっくり進む。


「急に来てすまぬな」


 千寿院が平伏し出迎えてくれる。


「いえ、陸奥守様でしたらいつでも歓迎させていただきます」


 書院の上座に通され千寿院と相対する。勿論部屋の内外には当家の者が見張っている。


「そちらは?」


「熊千代で御座います。さ、陸奥守様にご挨拶なさい」


「……斯波熊千代で御座います」


「おお、熊千代であったか。ずいぶんと大きくなったな。息災で何よりだ」


「……有り難きお言葉でございます」


 家臣共の教育の賜物かなかなか俺に反抗心を燃やしているようだ。まあ仇だから仕方が無いしそれくらいの方が好ましい。


「いくつになった?」


「今年十二歳で御座います」


「ふむ……何時までも斯波に当主がおらぬというのも善くなかろう。俺が烏帽子親になってやるから元服しろ」


 ハッとしたように熊千代が顔を上げる。


「ご、ご厚意は有り難く存じますが……」


 そりゃそうだ。俺が烏帽子親になると言うことは名実ともに斯波が当家の臣下になると言うことだからな。斯波の家臣共もなかなかどうして殺意を向けてきてくれるじゃないか。


「千寿院、そなたはどう考えている」


「はい、臣下の者たちが路頭に迷わないとお約束いただけるのであれば喜んで」


「は、母上!」


「反乱を起こさぬ限りは乱暴に扱わぬことを約束しよう」


「母上!それは足利に連なる当家が許されることではありません!」


「何を言うのです。大崎は蝦夷、いえ北海道の渡島と言うところに流されたと聞きます。もはや足利の名でどうにかなる時代ではないのです」


 聡明だな。


「そう言ってくれると助かる。千寿院を流刑にするとなれば俺が母上に怒られかねんのでな」


 そう言うと千寿院が小さく笑う。


「なに悪いようにはせんさ。斯波にはこれまで通り紫波郡の代官を任せたい」


「代官、ということは領は取り上げられるということですか!」


 熊千代が声を上げる。


「そうだ。しかし俸禄はいまの石高、五千石だったか。それはかわらん」


「陸奥守様、少し家中を纏めるお時間をいただけませんか」


「構わんよ。それでは一月以内に纏めて報せよ」


 そう言うと高水寺城をでる。


「殿、ずいぶんと甘い采配で」


「茂左衛門、さっきも言ったとおり千寿院と母上の仲が良くてな。左近……は今は居なかったな。鴎、高水寺の家臣共を見張れ。千寿院はともかく、斯波の家臣共の中には一揆を企てるものがあろうから知らせてくれ」


「御意」


 もし反抗するそぶりがあればすぐに兵を送って叩き潰そうね。しかしこれで雫石川からの用水と滝名川からの用水に目処が付くし、稗貫郡と斯波郡の激しい水争いにも終止符を打てるかもしれん。葛丸川にも取水堰をつくらにゃならんけど。


 花巻城に近付くとここも北上川が大きく蛇行しているからここも付け替えが必要だなと思いつつ二子城に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る