第三百七十八話 作戦会議

鍋倉城 阿曽沼雪


 遂に十六歳になった。松の内は忙しかったからそっとしていたけど、そろそろ手を出してくるのかしら。飢饉対策だとか北上川の総合開発計画を詰めてるんだとか言って毎日忙しくしてるし。まあそれが大事なのは分かっているんだけど。


「それはそれ、これはこれよね。はぁ……」


「姫様、お労しや」


「あら紗綾、なにがお労しいのかしら」


「ああ、殿に手を出されなくて姫様の機嫌が……」


 別に悪くなっていないわ。私は祝言を上げてから九年待ったのよ。それがたかが十日や二十日伸びたくらいでどうということは無いわ。


「そこでです。左近さん少しよろしいですか」


 左近は殿に付いていなくて良いのかしら。


「鴎など腕の立つものが付いておりますから、領内であれば大丈夫でございますよ」


 私の心を読んだかのように左近が言う。


「それで二人でどういう悪巧みをしようというのかしら?」


「悪巧みとは人聞きの悪い。世子がお産まれになれば我らも安泰というものです」


 まあ男の子を作れたら皆にとっても良いことよね。


「それで、どうしたら殿がその気になるかだけど」


 殿も毎日どうやって処理しているのかしらね。まさか女遊びしていて織田信広みたいなの作ってたりするのかしら。家督争いになるからそういうのはないと思うんだけど。


「左近さん、殿が姫様を襲う秘薬とかありませんか?」


「秘薬と言うなら殿が作っておられる一粒金丹が秘薬ですな。他にはいもりの黒焼きは惚れ薬と言われておりますな」


「え……いもり?」


「正確にはいもりの黒焼きを粉にして相手に振りかけるものですが」


 振りかけて効くものなのかしら。そもそもかけなくても殿は私にゾッコンなはずだからいらないわね。


「いもりは要らないわ。そんなもの使わなくても殿は十分惚れてるわ」


「顔を赤くしながら仰る姫様……はぁ尊い」


「となると私はお手上げですな」


「えー左近も奥様居るんでしょ?どういうふうに奥様に迫ったのか教えてよ」


 ずっと年上だから多分そういう経験あるはず。


「迫るも何も私は修験者ですので妻帯しておりませんが」


「えぇー!そんなのいけないわ!左近も妻帯なさい!殿には私から言っておくからいい人を都合しましょう」


「えぇ……」


 私達にとって大事な人に継がせる子供が居ないなんてダメね。これは主家の命として娶らせるようにしなきゃ。


「姫様、話を戻していいですか?」


 トリップしていた紗綾が意識を戻してきた。


「そうね。左近のことはまた後で考えましょう。今は如何にして殿に手を出させるかよ」


「それで私としましてはいい雰囲気になったところで殿にしなだれかかるのが良いのではないかと」


「いい雰囲気ねぇ」


「例えば月のきれいな夜に二人して月見をし、月が綺麗ね。いや雪のほうがきれいだよ。そんな殿……そしてほひょひょ。いけませんいけませんそしてあんなことやこんなことが。実にいけません。忘備録に記しておきませんと」


「ちょっと!私と殿をネタに書かないでよ!?」


「大丈夫です。そこはちゃんとぼかしますので!」


 駄目そうね……出来たら確認して場合によっては没収する方が良いかもしれないわね。


「はぁいいわ。そのかわり、できたら見せてよね」


「はい!渾身の作品に仕上げて見せます!」


 思いやられるわ……。


「ところで左近、殿がどこかで女を囲っているとかそういうのは無い?」


「そろそろ良いお年頃ですので、誰かをあてがって慣れていただこうかと殿にお話したこともありましたが、断られましてな」


 ふぅん。


「まあ大奥様や春様に申し上げれば閨をするなど難しくはないかと存じます」


「確かに……左近の言うことに理はあるけど」


 そりゃ左近の言う通りだけど、なんかそれはそれでちょっと納得いかない。まあ修験者に期待するのが間違ってたのかもしれないわね。


「左近さん、そこは殿に気付いてほしいという姫様のお心なんですよ?いじらしいですよね」


「なるほど。これは野暮なことを申し上げてしまいましたな。であればそれとなく殿に話を振ってみましょうか」


「それはお願いするわ」


 私が直接求めるってのもなんか負けた気がするし。だとしてもしなだれかかるくらいはしたほうが良いかもしれないわね。それと話が終わった途端に走って帰っていった紗綾がどんな物を書いてくるのか心配ね。



 そして夜になって仕事を終えたと思われる殿が戻ってくる。


「おかえり。食糧計画とか、河川計画とかどうにかなりそう?」


「ただいま。んー食料は紙を売りまくってその利益で買う形がとりあえずいいんじゃないかってなったね。河川計画は百年単位の時間をかけてゆっくり進めていくものだから大まかなところと優先順位だね。もう少ししたら雪が溶けるし、そしたら石巻から不来方まで往復してみるさ」


 食べ物はなんとかできるってことね。


「殿が野老なんて食べてるからみんな野老とか食べるしか無いから食べ物が確保できるならそのほうがいいわね」


「別に付き合わなくていいって言ったんだけどね」


「そんなこと言ってもはいそうですか。なんてなるわけ無いでしょ」


「それもそうだな。皆には悪いことをしているな」


 上がそんなことすると下もそうするしか無いから、なるべくそういう状況にはしないほうがいいけど蔵の米麦が尽きかねない状況だったから仕方がないわね。


「それと雪にも悪いことをしているね」


 私の頭を撫でながら急にそんな事を言ってくる。


「ん?なんのこと?」


 急に何かしら。


「石巻から帰ったら鉛温泉に行かないか?」


「え?本当に!?やった!」


 蒸し風呂じゃない広い湯船があるそうだからこれはとっても楽しみだわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る