第三百七十四話 反撃の白煙
岩谷堂城 阿曽沼遠野太郎親郷
いやはや鉄砲も大砲もあるからたとえ敵が大軍であっても持ちこたえると思っていたが大事なブルドーザーを失ってしまった。
「敵が一万近くも動いているのに今回は随分とゆっくり動いていたのですね」
「ああまぁな。俺が来援しなくとも落ちるとは思っていなかったし、ギリギリまで文を書いていたらなぁ」
「文というと、相馬とかにですか?」
「そうだ。伊達が兵を出したことには気がついているし、すでに伊達領に攻め込んでいるはずだ」
「また殿が悪い顔を為さる……」
いやいやそんなに悪い顔はしていないはずだ。ただちょっと伝令の妨害をしているくらいだ。
「伊達が兵を引けば大崎と葛西だけで当家と相対することになる」
「そうすれば数の上では凡そ互角ですね」
「そうだ。そして撤退する伊達も油断しているだろう?」
「そこを相去で待機している鱒沢様が襲う手筈ですか」
「そろそろ金ヶ崎に進出しておるし、兵は千しか居ないが騎馬隊を預けている。油断している敵兵に騎馬突撃を仕掛けたらどうなる?」
「あぁ……」
葛西に大崎に伊達と全て食らうのは無理だろうけど数年は動けないように痛めつけてやらねばな。伊達稙宗が死んでしまったからあまり怖くはないが万全に。
「とにかくだ、煉獄を味わわせることは出来ぬができる限りな」
「せっかく石油を取りに行かせたのに使わないのですか?」
「豊川油田のものは重質油だからすぐには火が点かないのだ」
元々は空堀に温めた重油を流し込んで燃やしてしまうつもりだったが、空堀ができる前に攻めてきたからな。
「でも火が燃えていたら延焼するのでしょう?」
「そりゃあ高温にさらされれば引火するが……」
「でしたら予め石油を何箇所かに置いて三戸のように燃やし尽くすのは如何でしょうか?」
「悪くはないんだけどな、そんなことしなくても周辺の諸家が攻め込むのでそこまでせずとも衰微するさ」
最上も動くようだから奥羽に覇を唱えた伊達の命運もあとわずかと言ったところだろう。少なくとも今までのように南奥羽で我が物顔に振る舞うということは無くなるはずだ。諸家からは恨みも買っているからなかなかひどいことになるだろう。大崎を喰らったあとにまだ残っていたらその時に攻め滅ぼせばよいだろう。
「それよりも葛西はなるべく逃さぬよう、大崎はある程度痛めつけたら勝手に内輪もめするだろうから適当でもいいか」
裏切り者の葛西はきっちり落とし前をつけてもらおうか。ふふ、一族で十勝から網走あるいは夕張に抜ける道の啓開作業に当たってもらおうか。
◇
夜が明けようとする頃に手筈通り伊達の伝令に扮した保安局の者が、伊達に本領が攻められている旨を知らせる文を届ける。中身は本物なので疑われることはなく、慌てて陣を払い退いていく。
「殿、伊達はあのまま見送るので良いのか?」
「ええ、守綱叔父上が撤退中の伊達に襲いかかる手筈です」
「なるほどな。それで俺等は残された葛西と大崎を攻めると」
「数は互角ですが、雨が上がっておりますので心置きなく大砲も鉄砲も打ち込めます」
そう言うと守儀叔父上が出陣していく。
こういう時に装甲車があれば便利だったろうなとふと思う。ひし形戦車みたいなシルエットで銃眼から鉄砲を突き出させて……蒸気機関の熱で大変なことになりそうだからダメだな。
意識を目の前の戦場に戻すと伊達が退いて残された葛西と大崎が浮足立った様子だ。そして足軽により両軍を半ば囲うように焙烙玉が弾けて敵軍の視界を奪ったところで、外郭から大砲が一斉に火を吹く。
「逃げ惑っておるな。次の斉射が終わり次第叔父上が敵本陣に突っ込むはずだ」
この時代の本陣は幕と幟がいっぱい立ってるからわかりやすい。視界を奪ってやれば本陣に攻めかかるのも可能だろう。
「上手く行けばよいですが……おっ、東に狼煙が上がりました」
「守綱叔父上も仕掛けたか。新兵衛や梅助を任せたが上手く経験を積んでほしいな」
「鱒沢様であれば上手く使ってくれるでしょう」
「あとは戦の後に荒れたこのあたりを袰綿勘次郎が警邏する手筈だ」
だいぶ焼かれてしまったから、治安維持も大事だな。
「田代が腑分け用の死体や実験用の捕虜も希望しておるが、捕虜はともかく死体は腑分けする前に腐ってしまいそうだな」
稲刈り前なので夏程ではないがまだまだ腐りやすい。
「別にそれは死体になる予定の者を使えば良いのでは?」
義政くんちょっと極ってないですか?戦国時代に心を荒ませてしまっていないか殿は心配です。
「まあそうだな。虫の息になっているものであればよかろう」
たぶんたくさん居るだろうしな。しかし気になるのは血は体にどれだけ流れているのか調べているのでなるべく活きの良い者もほしいと言われたのがな。もしかして田代は生き血を抜くつもりなのだろうか。いや想像するのはやめておこう。
「とりあえず葛西を捕らえたら馬に括り付けて領内を引き回しにするか」
「探題を捕まえたらどうしますか?」
「探題は別に恨みがそこまであるわけじゃないけど葛西を焚き付けてくれたようだからやはり引き回しにするかな」
そして再び大砲の斉射音が轟き敵本陣にも焙烙玉が投げ込まれて白くなる。半刻ほど経ったところで敵本陣が静かになり、守儀叔父上の旗印が大きく振られる。
「どうやら終わったようですな」
「ああ。む、大崎の本陣でも当家の旗が上がったな」
視界を防がれて動くに動けなかったか。これは望外の結果になりそうだ。
「しかしこれでは煉獄ではなく白霞ですね」
作戦名に余り意味は無いのだけどねと少し強がっておこう。
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