第三百七十五話 探題職の禅譲

岩谷堂城 阿曽沼遠野太郎親郷


「これはこれは探題様に壱岐守様、わざわざ斯様な田舎へとご足労賜りましてありがとうございます」


「貴様、探題である儂に対してこのような仕打ち、許されると思っているのか!」


 探題はよく吠える。一方で腕を折られた葛西壱岐守晴重と逃げようとしたが腿を槍で貫かれた葛西三郎高信は苦虫を噛み潰した様な表情でこちらを睨みつけてくる。


「斯様に雑魚な探題など居ても居なくても変わらんだろ?」


 俺の言葉に家臣からは失笑が漏れ、探題らは茹で蛸のように顔を赤くする。


「貴様ぁ!たかが国人の分際で侮るか!」


「くくくっ、しかし探題様、あなたもこれからはその国人になるのですよ」


「なに?どういうことだ。足利に連ならぬ貴様が探題を自称するとでも言うのか?」


「おお、それもいいですな。しかし俺は探題などに興味はない。探題は二本松に名乗ってもらうさ」


「はん、今更二本松などが探題を名乗ったところで誰も相手にぬせぬわ」


 まあそうだろうね。しかしそのためにわざわざ黒貂などの高級品を朝廷と公方に献上したわけだ。それはここで言う必要はないが。


「それに俺を捕らえたところで貴様に従う家臣もおらぬ」


「果たしてそうであろうかな?」


「どういうことだ?」


 配下と言っても探題の名で国人の上に座っているに過ぎない存在で、厳密に支配下に置いているわけでもないだろう。かつて応仁の頃、氏家が反旗を翻したり、長享の頃も家中大乱になって独力では鎮圧も出来なかったくせに偉そうなものだ。今回は当家を襲うという利害が一致したから与力したその程度の関係だ。


「ふん、まあ貴様が当家の所領を奪ったとしてもあの地を収めるのは難しいぞ?」


「それはそれは……まるで探題は出来ていたかのような物言い。流石にございますね」


「若造が!良い気になりおって!」


 こんな軽い挑発に乗るなよな。しかしまあ確かに大崎葛西一揆てのもあったようだし逃していたら面倒だったろうな。


「中目兵庫など御家老方の首も得ておりますれば難しくは無いかと。それに頼みの伊達も今頃攻め込まれておりますので一つずつ潰していけば良いこと。当家は蝦夷や更に粛慎みしはせの地を得ておりますし、鉱山もございますので活きのいい人足はいくら居ても足りぬのですよ」


 粛慎ってどこかよくわからないけどね。


「そ、そんな事をして幕府が黙っているはずがなかろう」


 流石に少々青くなりなりながら反論してくる。


「上方は周防権介(大内義興)と右京大夫(細川澄元)がいまだ争っており奥州まで目は届かぬさ」


 届いたところでこちらは鎮圧戦さえ終えれば七十万石の大名だから無傷とは行かん。


「こ、古河公方が居るだろう……」


「古河の公方様も家督争いで大変お忙しいようで」


 古河公方も何やら親子喧嘩が激しく、分裂しているというから関東は関東で大変そうだな。お陰で俺が好き勝手出来たのだが。


「探題様、少しよろしいか」


「壱岐守、今は儂が話しているところだぞ」


「それは承知しておるが、そう頭に血がのぼっていては考えもまとまらんでしょう」


 葛西晴重に諭されて大崎義兼が押し黙る。


「それで壱岐守、なにか申し開きがあるのか?」


「いや婚姻関係であるにも関わらず攻め入った挙げ句、斯様にとらわれるなど恥ずかしくてさっさと切り捨ててほしいくらいだ」


 随分と物分りが良いな。


「柏山に誑かされたとは聞いておる。だからといって許す気はないし、元凶たる柏山は族滅にすべく軍を遣っている。貴様らもただで済ますつもりはないが、大原刑部から助命の嘆願があってな。命までは取らぬ」


 葛西晴重は表情に出ないが嫡男の葛西三郎高信はあからさまにほっとした。


「所領没収の上、壱岐守はこの地で出家、他のものは十勝……貴様らにわかりやすく言えば蝦夷にある帯広という土地の開拓に従事してもらう」


「え、蝦夷……」


 三郎高信が絶望したように顔を青くする。


「そして探題殿には二本松右馬頭に探題職を禅譲の上で上ノ国、いや渡島国檜山郡の開拓にあたっていただこう。嫌ならどこかの鉱山で労働刑だ。好きな方を選ぶが良い」


 大崎彦三郎義兼は実に悔しそうだが負けたのが悪い。


「そして各々、寺池城と岩谷堂城の城下で引き回しを行う」


 流石に三人とも恥辱感を顕にする。


「つもりであったが、探題殿は氏家殿が、太守はこれも大原殿の嘆願でやらぬ事となった」


 無駄に恨みを買いすぎては入植先で反乱するかもしれないということもある。が、まあ流刑なので結局引き回しになるのな。


「探題殿……いや彦三郎は数日の後に、葛西は今の傷が癒えたらば送り出すことになる。寺池の正室らも数日もすれば遠野に連れてこられる故、最後によく話をしておくのだな」


 そう言うと三人を牢へと連れて行く。


「ふふふ、しかしこれで北上川のすべてと松島湾を手に入れたわけで茶が作れるように……なるだろうか?」


 確か冬の間は雪よけでわらをかなり分厚く載せていたと思うが、それでなんとかなるのだろうか。無理そうならより雪が少ないという女川の南向き斜面でやってみるか。


 あとは細倉鉱山を手に入れられたのは大きいな。これで鉛と亜鉛あとは硫化鉄が手に入るので焙焼の手間はかかるが鉄の生産量を増やせるかも。硫黄酸化物の発生を抑制するために石灰鉱山の開発を急がせないとな。そして北上川の付け替えに低地帯の排水のための運河開削が必要だが、それにはブルドーザーが……くっ!一個失くしたのは実に惜しかったなあ。

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