第三百七十三話 迎撃
少し時間は戻って岩谷堂城 宇夫方守儀
前沢城に葛西らが集まっていると報告を受けた。刈り取り後に来るかと思っていたが思っていたよりも早い。
「遠野に早馬を出して救援を請え、そして女子供に老人どもは足手まといだ。遠野に退かせろ」
今いる城兵は五百。城下の民や近隣の村から逃れてきた者を徴兵すれば二千近くにはなるだろう。対して葛西らは総勢一万。数では圧倒されているが鉄砲もあるし遠野からの援軍もまもなく来るからまず落城は無いだろう。
「お前様、逃げよとはどういうことですか」
「皐、万一ということもあるからお前には若芽や他に遠野へ逃れる民をまとめてほしいのだ」
「……わかりました。ご武運を」
「無理を言ってすまんな。なに、落城などせぬよ」
「ちちうえ、まんしんしてはだめ、なのです」
「ぶふっ、そうだな。慢心はいかんな」
最近話すようになった若芽もかつての神童のように聡い子だ。数年もすれば殿の片腕になったかもしれんが生憎と女子だからなぁ。
「何、大砲も鉄砲もある上に三重の分厚い堀と土塁が守るこの城を落とせる軍などそうそうないわ」
そう言って皐と若芽を送り出す。戦に備えるとは言ったものの、どこか弛緩した気配が漂っている。逃がすはずの女子供、老人の多数が城の中に残っている。一万近い敵が迫っているから遠野に行くよう説得したものの、この城が落ちるわけがないと言う者が多いが、中にはこの地を踏み荒らそうとする敵勢に裁きの鉄槌を振り下ろせと、何とも過激な事を言うやつまで居る。
「困ったものだな」
「戦意を鼓舞してくれるのは良いことなのですが……」
五辻の奴が嘆息しながら相づちを打つ。
「とはいえ殿の軍をいれて四千ほどではやはり勝てないのではありませぬか?」
「この城を一万程度では落とせぬし、収穫を遅らせてまで来ているのだから稲刈りに帰りたいものは出るだろう」
「しかし我らの田畑を荒らすものも居るということでもあります」
「それはそうなんだよなぁ。出羽の収穫が期待できぬのにこのあたりの田畑も潰れるとなってはなぁ」
今年から来年は当家の食糧事情が悪くなりそうだ。がまあそこは殿になんとかして貰おう。
「とにかく、風がでて来て雲も早い。明日は嵐かも知れぬ」
「であれば攻めては来ないかも知れませんね」
「であろうかな。保安局の者、敵兵の動きはどうか」
「すでに前沢城に入って数日ですが、今のところ動く気配が有りません」
であれば雨で水の増える北上川を越えてまで攻め寄せることはなかろう。
◇
しかし、俺たちの淡い期待を嘲笑うかのように嵐の中、敵勢が城下に侵入してきた。火薬類はろくに使えないので矢を射掛けさせるが風が強すぎて役に立たぬ。
そう思っていると蒸気の整備小屋から煙が漏れ始め、あろうことか蒸気機関車が小屋を出て敵勢に襲いかかる。排土板で押し分け、あるいは車輪が敵を踏み潰す。城下の家をいくつか潰すが四方から矢が降り注ぎ遂に止まる。その後敵の武将が乗ったかと思ったら蒸気が敵を巻き込んで破裂する。
「じょ、蒸気が……」
「殿が見たら卒倒しそうですね」
「それはそうだが、そんな事を言っている暇はない!外郭で迎え撃つぞ!」
どれだけ刻を稼げるかは分からぬが殿が来るのを待つより仕方あるまい。今日、本隊が来る予定であるが、城に逃げ込んできた民らに勿論足りぬが腹当を貸出しし防衛に当たらせる。弓も槍も足りぬからとりあえず印地や湯を沸かしたり運ばせたりする。
「湯は沸いたか!土塁に取り付いた敵を温めてやれ!」
湯をかけ石を投げ敵を迎え撃つがやはり一万近い敵との戦などこれまでしたことがないから何時になったら攻撃が止むのかと嫌になってくる。やがて外郭の門に罅がはいり始めたので兵を中郭に下げ、堀にかかる橋を落として鉄門扉を閉める。
「殿の部隊が参られました!」
大軍との戦に疲れた顔の兵たちに活気が戻る。
「叔父上!ご無事でしたか!遅くなって申し訳有りませぬ」
「待っておったぞ!」
俺としても神童、いや殿が着いたことを心強く思う。
「とはいえこの嵐では鉄砲が使えぬだろう?勝てるか?」
「二千連れてきましたので、この城の者らも合わせれば落城することはないかと。それと試製の鉄砲が出来たところでしたのでこの戦で使えるよう支度をしておりましたので遅くなってしまいました」
「敵が前沢城に集まっていたというのになんと悠長な……」
「しかし叔父上であれば負けぬと信じておりましたよ?」
「信じてもらうのは有り難いが、士気に関わる。もう少し早く来てくれ」
そういうと実に申し訳無さそうな雰囲気を醸し出すのでこちらが悪いことをしたような気分になる。
「はぁ、まあ次から気をつけてくれ。それより試製の鉄砲とやらを見せてくれんか」
そうして見せてくるのは普段の鉄砲三つ分程ある長い鉄砲だ。
「随分長いな」
「ええ、狭間から撃つために銃を伸ばしたもので。百間先の鎧を貫くものです」
「なんと、普段の鉄砲の三倍ほども飛ぶのか」
「とりあえず狭間から狙ってみせましょう。おい、誰でも良い、立派な鎧を着ているものを狙え」
「そいつは……」
「和賀二郎行義でございます」
和賀の倅か。
「なかなかの腕前でしたので選抜して訓練させておりました。この嵐でも見事撃ち抜いてくれるでしょう」
「お任せください!」
和賀二郎が狭間に鉄砲を置き、引き金を引く。数瞬後、武将ではないが郎党と思われるものが倒れる。
「少しズレました。次」
弾薬の装填された別の鉄砲が二郎に渡される。打ち終わった鉄砲は二人がかりで清掃と装弾とがなされる。
「ちょっとまってくれ、撃つのは良いが煙で目とのどがやられそうだ。窓をいくらか開けさせる」
その俺の言葉は聞こえていたのか居なかったのか分からぬほどに集中した二郎が再び引き金を引く。今度は武将に当たったようだが、致命傷では無く倒れると言うほどではないようだ。しかし数人の郎党や他の武将が慌てて城外へと連れて行くところを見るとかなり上位の武将を撃ったようだ。
「この鉄砲はどうやって狙っておるのだ?」
「銃口にある突起と手前にあるはしごのようなものを使うのです」
銃口の突起を照星、手前のはしごのようなものが照門というそうでそいつを使って狙いをつけるという。
「お、敵が一旦引くようだ」
「鉄砲を警戒したようですね」
郭を得たというのに退かなければならないのは屈辱だろうな。しかしあのまま居残っても順番に狙われるので退かざるを得なかったようだ。左近に撃たれた敵の将が誰だか確認するよう指示がなされ、こちらを見る。
「今のうちに外郭の修理をしましょう」
「ん、ああ、そうだな」
「蒸気はたしかこちらに回していたのであれを使えばすぐに修繕できるでしょう」
言いづらいが、俺が言うしか無いか。
「あー大変言いづらいんだが」
「どうかしましたか?」
「蒸気な、敵に壊されてしまったんだわ、ははは」
「な、なんと……真ですか?」
「あ、ああ、敵もろとも破裂してな」
殿が膝を落とす。
「そんな……あいつらぁ、この落とし前は高くつくぞ」
「ま、まあ奪われたわけではないからまだ良かろう」
「それはそうですが……あぁ、しょうがないですね。戦なんだからそういうこともありますよね」
あからさまに肩を落とされるとこっちとしても申し訳なく思う。
「まあ俺等も城下のものも皆少し油断しておったのは違いない」
「それは俺もですね。いや敵の動きを掴んでいる我らが負けるはずがないと高を括っていたところが有りました。が、敵も急襲すれば我らが対応しきれないと読んだのでしょう。やられましたよ」
悔しそうに殿が言う。
「それで煉獄作戦とやらはどうなるのだ?」
「まだ支度が出来ておりませんので……」
意外と急な対応が苦手なのだなと思いつつ籠城戦が始まった。
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