第三百七十二話 襲撃

寺池城 葛西陸奥守晴重


「太守様、今からでも遅くは有りませぬ!大崎や伊達などと手を切りなさいませ!」


 大原刑部が口喧しく翻意を迫ってくる。


「何をいうか阿曽沼に奪われた地を奪い返すのは何もおかしくなかろう」


「それは当家が兵を出すよう指示してのこと、それを反故にするなど由緒ある葛西がやって良いことでは有りませぬ!それにお忘れでございますか、先の左京大夫様が阿曽沼と争ってはならぬとの遺言でございましょう!」


 猶子の娘を使って婚姻の関係でもあるため儂も当初は乗り気ではなかったが、大崎と伊達から使いが来て増長著しい阿曽沼を叩くのは今を逃せばもう無い。来年以降は少しずつ収穫が戻り数年もすれば三十万石を超えるだろうと。故に過去は過去として水に流すことは互いに難しいが呉越同舟の故事のごとく今は阿曽沼を食ってしまうのが良いのではないかと説得を受けた。使者とは言え探題から当家に使者を立てたこと、そして確かに気がつけば当家に倍する勢力となり主従逆転も遠からず、いやすでに当家を立てているだけで何時でも乗っ取れるのではないか。そう思い至ると大崎や伊達と手を組むなど業腹ではあるが、ここはそれ伊達の言うこともなるほど正しいように思うし、佐沼城を取り返した今となってはあえて手を組むのも悪くないように思う。まあその後は大崎と伊達を食らうのだがな。


「刑部わかった。よく考えるから今日のところは下がれ」


「……お頼みいたします」


 刑部は渋々口を閉じる。歳のせいか咳き込むことが増えておるので、この評定の間から下がって休むよう命じる。


「太守様、よろしいでしょうか」


「柏山伊予守どうした?」


「は、御家老は阿曽沼と領を接しており、どうも度々阿曽沼から人が来ている様子」


 重大事でなければそのような手順を踏むこともおかしい訳では無いが。


「阿曽沼に当家が大崎と伊達と組んで攻め入ることも伝えたのは御家老の様子で」


「すでに刑部は当家を裏切っておると?」


「その疑いは強いかと」


 父上の代からの家老の家ではあり、当家を裏切るとは俄には信じがたいが、柏山の言うこともわかる。もし通じているとなれば戦に影響するから評定には参加させられぬ。


「刑部には阿曽沼との内通の疑いあり、疑いが晴れるまでは自領から出ること能わずとするか」


 武将らを見渡し、異議がないことを確認する。


「ところでな困ったことに鉄砲とその弾薬の値が上がっておってな」


「如何ほどに?」


「今まで弾薬一匁あたり米四十石であったものが、一匁あたり米百二十石になっておってな」


「なんと!篠屋でしたか、あの強欲商人め」


「他の商家では扱っておらず、伊達や阿曽沼も買い集めているということでこれでも安くしているとか」


「その両家には如何程で?」


「なんでも米二百石でという話らしいのでな、今買わなければ弾薬の値が上がってしまうと思い買ったはいいのだが」


「これでは戦になる前に米が足りなくなりますな……」


 当家も辛いが伊達から兵糧の融通をすると約定があるし、これは阿曽沼はもっと辛いということになるのでやむなく買ったが余り鉄砲に頼ることはできぬな。


「父上、鉄砲に頼らずとも大崎と伊達を合わせれば万に近い軍になりまする。それに鉄砲は雨や風の強い日には用を為しませぬから対陣はともかく、攻めかかるのは雨の日にすれば数にまさる我らが負けることなど無いでしょう」


 元服した高信(葛西晴胤)が意見する。


「確かにな。阿曽沼はせいぜい四千程度、然も、その全てを我らに振り向けることは出来ないだろう。さらに鉄砲が使えなければどうにかなろう」


 そうは思うがどうにも不安要素が残る。


「そういえば阿曽沼は我らの動きを既に知っておるようだな」


「そのようで御座います」


「そしてそれを煉獄さくせん……作戦とはどういう意味かは分からぬがこの名前も気になる」


 そういえば高水寺が優位と思われながらゆるりと攻めて阿曽沼に大敗を喫しておったな。


「探題と伊達に遣いを。ゆるりと攻め入ってはかつての高水寺のように負けるかもしれぬ。直ちに兵を挙げられたしとな」


 阿曽沼のまだ態勢が整っていない今のうちに攻め込むのが良かろう。


「具足を持て!高信、支度をせよ!岩谷堂城に攻め寄せるぞ!」


「父上!なぜそう急くのです」


「阿曽沼に我らを迎え撃つ準備をさせてはならん。さっきも言ったがゆるりと攻めて負けた高水寺のこともあるからな」


 そう言うと皆がはっとしたように此方を見る。


「それに阿曽沼はここのところ連戦連勝、当主は分からぬが雑兵の気は緩んでおるだろうからそのようなときに攻め寄せられればどうなると思う?」


「確かに……!常勝無敗の精兵だと思って我らを侮っておるかも知れませぬな」


「そういうことだ各将らは直ちに戦支度をして十日の中に前沢城に来い!」


 直ちに城下や各村に遣いをやり徴兵を開始し、前沢城に二千の兵が集まる。


「まあ足りぬが明日にも大崎から二千、伊達ももう数日もすれば五千の軍を率いて来る」


「父上、大原刑部は如何なさいますか?」


「放っておけ!阿曽沼の泣きっ面を見た帰りに攻め寄せれば良い!」



「ふふふ、雨が降ってきよったか」


 前沢城に入って数日、探題や伊達にまだ出ぬのかとせっつかれていたが漸く雨が降り出した。これ幸いとまだ暗いうちに前沢城をでて岩谷堂城に向かう。油断をしているのか川を渡るにも妨害がない。しかし我らの動きに気がついたのか大崎と伊達の兵もモゾモゾと動き出す。


「父上、天佑は我らにありそうですな」


「そのようだな。風も吹いて嵐の様相ではあるがお陰で我らの音を消してくれたわ。探題や伊達に先を越されるなよ!かかれぇ!」


 北上川を渡り、岩谷堂城に近付くと町を囲うように作りかけの浅い堀と土塁がある。やはり我らを迎え撃つ用意をしておったようだ。


「だが遅かったな」


 軍配を振り、戦太鼓を鳴らして見違えるほど大きくなった岩谷堂城に攻めかかる。気がついた門番が城門を閉じ、射かけてくるが大した数ではない。


「数は多くないがこの堀と土塁は厄介だな」


 この広い堀と大きな土塁を越えるのは骨が折れそうだと思っていると雨風が強くなってきた。これでは戦どころではないので城下の家に押入るが、我らが集まっておったことには流石に気がついておったようでわずかに残る米俵以外はろくに何も無い。


「風が止むまで城が落ちるのが遅くなっただけのことだ、城下の家で雨風を凌がせろ」


 そう言いつけると、どこからともなくピィーと聞いたことのない甲高い音が響く。


「何の音だ?」


 シュシュシュという音共にゴロゴロという重そうな音が聞こえたかと思うと、馬たちが嘶き暴れ始め、ドォン!と壁が鳴り、家が揺れる。


「な、な、なんだぁ!?」


「と、殿!大変です!け、煙を吐く鉄の化け物に襲われております!」


 そしてメキメキと音を立てて壁をめくりあげるのは、煙を吐くなぞのものであった。


「て、鉄の化け物だぁ!」


 こいつが鉄の化け物!確かに人の背を遙かに超える大きな車をつけた鉄の塊が黒煙と白煙を吐いている。後ろに誰かが乗っている。そして足軽だけでなく将の中にも槍を捨てて逃げるものが出る始末。


「操るあ奴を仕留めれば止まろう!」


 狭い家の中ではあるが矢を番えて射かけると、慌てて後ずさりを始める。


「よし!矢は後ろに乗っているあ奴を狙え!あいつを射殺せばとまるぞ!」


 しかしでかい図体の割に駆け足くらいの速さで動くので少し手古摺ったが漸く仕留め、鉄の化け物を奪う。


「これはどう扱うのだ?」


「わかりませぬ」


 この煙を吐くからくりを使えば城門など一捻りに出来そうだがやむを得ぬな。


「使えぬなら壊してしまえ!」


「ど、どうやってですか?」


「知らんがそのかまどみたいなところと煙を吐く筒に泥でも詰め込んでしまえ」


 そう言い残して離れると後ろの方からドォン!と大きな音がなり細長い鉄の棒が化け物のように四方に曲がり、火の付いた炭や煙を浴びた足軽たちが転げ回っている。


「ぬぅ、なんと卑劣なからくりよ。他に同じようなからくりがないか探せ!」

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