第三百七十一話 裏切り
鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷
十勝守が帰ってきた。なんとカムチャッカまで行ったとかいうから驚いた。カムチャッカは大規模ではないけど金銀銅に瀝青炭なんかもあるからそれなりに開発価値はある。あるけど北海道の開発すら端緒についたばかりなのでカムチャッカまで手を伸ばせるのは何時になることやら。
「それでその毛皮が土産か」
「はい。他に鮭などもあります」
カムチャッカの鮭はこちらの鮭とは違い紅鮭だ。紅鮭は繁殖技術がなかったはずで天然物だけだから銀鮭より高いんだよね。味の違いは油の乗り方が違うとか聞いたことはあるけど知らないな。
「この毛皮は大きいな。熊か」
「はい、こちらは黒貂、これは向こうの狐、そして
そしてその部族はイテリメンと言うそうだ。夏場は高床のテント、冬はベーリング海側に移動して竪穴住居に住むのだとか。そして祀る神はクトゥカとかいう創造神だという。それ以上の細かいことは報告書にしてくれればよいだろう。そしてその土地は千島の民がいうに広大で爆発する土地という意味でカムチャッカと呼んでいるそうだ。
「ほぉ黒貂やな」
「大宮様、この毛皮をご存じなのですか?」
「そら一応な。これは黒貂ゆうてな、こいつを使った皮衣はその昔は公卿しか使ったらあかんものやったんやけど、源氏物語が書かれた頃にはすでに古くさい物やとされとったんでふるきの皮衣と言われておったんや」
唐突に大宮様の講義が始まる。まあ知っていて損のない知識なのでありがたく拝聴する。ちなみに源氏物語でそのふるきのかわぎぬとやらを来ていたのは末摘花で、背は高く鼻も高くて垂れており、さらに肌の色は真っ白だと言うから白人の流れなのだろうか。平安時代に白人が居たのかとも思うけど、世界帝国たる大唐帝国に居た人が移民してきたことがあったのかもしれないね。
「なるほど、ではそのような謂れのあるこの黒貂は朝廷や幕府に献上しないほうがよろしいでしょうか」
「それはそれ、男物の皮衣を年頃の娘が羽織っておったというのがよろしくなかっただけや。朝廷や幕府に献上する分には問題あらへん」
なるほど毛皮は男物ということか。前世だと毛皮のコートとかは女物の印象だったけどこの時代はむしろ女性の身につけるものではなかったということか。
「ではこの毛皮は上方に持って行ってもらうか」
俺や雪が使うのも悪くないが。
「全て、ですか?」
「そうだ」
「殿や雪様に使われないのでしょうか?」
「使いたいのは山々だが、最近葛西と大崎が手を組んだという」
「遂に弱った伊達を攻めるということですな」
十勝守が当然のように答える。
「いや、残念なことに目標は当家のようだ」
他のものは既に聞いていたのだが改めて聞かされると重い空気に支配される。
「当家が三十万石に手が届くところまで大きくなったことに両家が危機感を覚えたようでな。柏山伊予守とやらがずいぶんと宗家と奥州探題をたきつけたようで、今年の当家の実入りが良くないということもどこからか聞きつけたようでな、今のうちに叩こうという腹積もりらしい」
「なんと……!か、葛西と当家は猶子とはいえ婚姻の間柄、そのような不義理が許されるのか!」
十勝守が悔しそうにつぶやく。その言葉は尤もだし、俺だって当初は信じたくなかったさ。しかも両家ともに米と矢とその他諸々を集めているのは度々戦する両家だからこそと思っておったが。大原刑部から密書が送られてきたお陰で奇襲を受けずにすんだ。
葛西でも大原はこの当家への裏切り行為を諫言したが、柏山が宗家と大崎を焚きつけたようでもはや止められぬと言ったところのようだ。まあ武田信玄ほどじゃないがこの時代の他家なぞ信用するに値せぬと言うことであろう。
「ちなみに伊達は大崎に手を貸すようだ」
これで向こうはこちらの倍以上の勢力になる。
「勿論黙ってみているわけではない。各家には調略をかけておるし、羽州探題と相馬、二本松、蘆名にはこの機に伊達を攻めてはどうかと誘いをかけておる。この中で二本松には大崎を倒した際には奥州探題を名乗っていただきたいと言ったらすっかりその気になってくれたしな」
伊達の家中は落ち着いてきてしまったので切り崩しは難しい。大崎もこの陣容で負けるとは思っていないようで切り崩せずに居る。葛西では大原刑部が反対し万一の際には内応までは行かないが兵は出さないと言う約束までは取り付けた。
しかしかつて奥州探題だった畠山の流れだけあって二本松への奥州探題という鼻薬は随分と巧く効いた。衰微著しく既に奥州の一国人でしか無いくせに一体いつの時代を懐古しているのか知らんが適当に踊ってくれればそれでいい。
しかし伊達も随分と敵が多いようで思ったよりすんなりと包囲網ができるかもしれん。
「そこにこの黒貂などを幕府に献上すれば肩入れまでは行かずとも目を瞑るくらいはしてくれるであろう」
そもそも興味無いかもしれないがな。
「それと前線になるだろう岩谷堂城の前面に塹壕を構築しておる」
蒸気ブルドーザーも持ち出して最優先で防御陣地の造成を始めている。当家に攻め入ったことを後悔するほどの損害を出させなければな。
「これらをまとめて煉獄作戦とした」
「煉獄?してその意味は?」
「格好いいだろ?」
十勝守が思わずずっこける。うんうんいい反応だ。
「それでな十勝守、疲れているところすまんが八郎潟の近く、豊川という川の上流から土瀝青と臭水を持ってきてくれんか」
「臭水とどれきせい、ですか?」
「そうだ」
今の鉄砲や大砲でも十分高火力ではあるけど、連発できないから三段打ちとかただやるだけではちょっと多数の敵をやっつけるには難しいからな。
まあ俺に喧嘩を売るのだ、煉獄の苦痛を与えてやるのも良かろう。特に裏切り者の葛西にはな。
「何するんか知らんけど、朝廷や幕府への働きかけは任しとき」
「大宮様、そちらはお願いいたします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます