第三百七十話 北方探検 参
幌筵海峡 大槌十勝守得守
カムチャッカ半島まで眼と鼻の先、おそらく前世で占守島と呼ばれた島と、占守島より一回り大きいパラモシルという島の間の狭い海峡に面した小さな浜に錨を降ろす。
いつも通り上陸し、集落と交流し、交易の許可を得る。そしてこの上陸した浜のことはオツトマイと言うそうだ。この島と占守島の海岸には夥しい数のラッコやアザラシ、トドなどの海の獣のほかに海鳥が飛び交うのを見ながら海峡を渡り、カムチャッカ半島南西部に沿って北上する。
「カシラ、ずいぶんと大きな土地ですな」
「そうだな。しかし住んでいる者はおるのか?」
見渡す限り荒野と森林、そしてその奥に火山なのか煙が上がっている。そろそろ帰郷しなければ海が荒れ始めるなと思っていると、檣楼から大きな川の畔に村を発見したという声が聞こえる。河口に錨を降ろし、カッコで上陸すると高床式の小屋がいくつかならぶ不思議な光景だ。
鱒介が通訳できないかとおもって話させてみると、千島と交易することもあるようでいくらか話が通じた。
「西の人を歓迎すると言っております」
「それは助かる」
いつも通り米などを贈り物としてさし出すと、調理法が分からないようなので炊き方を実演して食べさせる。するとこれまで口にしたことの無い美味いものだと喜んでくれる。酒はこちらは野イチゴなどの酒はあるが我々の酒に驚いている。
此方の贈り物にとても気を良くしてくれたのか、返礼品はだいたい千島などと変わらず鮭が多いが、一つ目を見張るのは
「これは見事な毛皮だな。有り難く頂戴する」
これは良い土産が出来た。とはいえあまり獲りすぎて居なくなっては困るので殿に資源管理の仕組みを考えていただかねばな。
数日を過ごし、船に乗り込む。帰りは新知島に水の補給で立ち寄った後は北得撫水道から太平洋に出て一気にクシロを目指す。
クシロで鱒介らを降ろし、石炭を積み込み大槌に戻るとすっかり夏も終わりにさしかかっていた。
「はぁやっと帰ってきたぞ」
「いやはやなかなかの長旅で御座いましたな」
「早く城に帰って美味い飯を食いたいものだな」
向こうで出された食事は我々の食事とはかけ離れていて困った。前世の洋食とかとももちろん違うので辛かった。
「いやはやまったくですな。ああも肉と魚ばかりでは」
味付けもせいぜい塩味ほんのりくらいでお世辞にも美味いというほどではなかったな
「味噌とか持って行っても良かったかもしれませんぜ?」
「そうだな。今回は俺たちの使う分しかなかったからな。っと、帰ったぞ!」
大槌城に入ると皆が出迎えてくれる。気分は英雄の凱旋と言ったところか。
「おかえりなさいませ」
華鈴と子どもたちが手をついて迎えてくれる。
「ご無事で何よりです」
「心配をかけたか?」
「いえ、信じておりましたので」
すっと立ち上がった華鈴を抱き寄せささやく。久しぶりの華鈴の香りはまさに毒のようにいい匂いだ。
「華八郎下がるぞ」
「え、鯱丸なんだよ」
「良い雰囲気なんだからそっとしろってことだよ!」
鯱丸と華八郎がコソコソ話ししてどっかに走っていき、鈴もわけがわからないまま二人を追っていくのをみて華鈴が顔を赤くする。
「おほん、それで華鈴、父上らにも挨拶せねばならん。土産もあるから一緒に来い」
二人して父上の部屋に入り、旅の報告をする。
「ほぅそんなに広い土地が」
「米は育ちそうも有りませんでしたが」
「それでこの毛皮が土産ということですね」
母上が黒貂の毛皮を手にして喜んでいる。
「はいその黒貂の毛皮が今回手に入れた最も良いものだったかと」
黒貂と言ったところ母上の手が止まる。
「母上どうなさった?」
「其方は源氏の物語を読んでおらぬのですね」
「源氏の?ええほとんど読んでおりませんが」
「黒貂といえば末摘花が身につけていた
源氏物語といえばプレイボーイの源氏がいろんな女を口説く話だろう。その末摘花とやらは高貴な身で美人なんじゃないのか?
「はぁ、良いですか、末摘花といえば没落貴族の古臭いしきたりに固執した物語一の醜女のことです」
なるほど、ブスの末摘花が身につけていたものだから余り良い謂れがないということか。
「それは致し方有りませぬな、母上への土産はまた今度ということで」
「何を言うのです。それはそれ、これは其方の土産なのでありがたく頂きましょう」
結局欲しいんじゃないかと危うく突っ込みそうになる。
「しかしそうとなるとこれを殿への献上品として良いのか……?」
「殿もそのあたりは気になさらないでしょう」
ブスが着ていたから良くないというが、そもそもこの時代に毛皮を着ているのは少数だしそれを考えるのもやはり俺の仕事では無いな。
まあ万が一、殿が受け取らなければこいつで華鈴に上着を作ってやればよかろう。
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