第三百六十四話 蝦夷への集団移住を行います

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 出羽の者は今のところかろうじて食えてはいるようだが、戦の影響で昨年は収量が乏しく、土地が荒れた影響で豊作になっても総量が足りない。そして最近は土地が広がったせいか、神様の神通力も薄れてきている。まあ頼りきりというのは良くないけれど。


 評定で備蓄状況と収穫状況に楽観的な予測から悲観的な予測まで記された紙を各人に配っているが、皆一様に苦虫を噛み潰したような顔だ。


「このままでは来年にも飢饉になりかねんな……」


 父上が惨状につぶやく。


「遠野から持っていけば良いのでは?」


 守儀叔父上が合いの手を入れる。


「勿論持っていくのですが、思った以上に被害が大きくて蔵の米が底を尽きそうなんです」


 さて如何したものか。今年は収穫の早い稗を増やすとしても米ほどは養えぬしな。


「いっそ口減らしで戦をなさいますか?」


 毒沢次郎の発言にある程度賛同する者が居る。


「それも一案だが、そうすれば生産力が減る。姑息的になんとかなっても長い目で見ると我らの成長の足かせになりかねない」


「しかし新たな土地を得ればそれだけ養える者が増えまする」


 来内新兵衛が次郎の案にのっかって意見を述べる。


「その土地に住む民も養わねばならんのだ。やはり厳しい」


 確かに小野寺の内紛している今、横手盆地を平らげるのも一案だし中長期的には安定もするだろうけど、短期的に見ると小野寺の民も抱える上に小野寺を取り逃すとしばらく戦続きとなってしまいかねない。となれば土地を得るメリットが薄れてしまう。


「ゴホゴホ、すみません。それでは蝦夷に植民させては如何ですかな」


「十勝守、なかなかの咳だが大丈夫か?」


「峠の冷たい風に当たって熱が出てしまいましたが、田代殿の薬のお陰で既に熱は下がりましたので万事問題御座いませぬ」


 風邪対策もなんとかせねばならないが、とりあえずは熱も下がって元気なら問題は無かろう。


「まあ大事にせよ。それで蝦夷に食わせきれない者を運ぶとな」


「はい。向こうは山に海に食い物が取り切れぬほどありますので」


 まあ確かに海に網をかければそれだけで魚が捕れるようだし、米は育たないけど麦などの雑穀でなんとか乗り切って貰うしかないか。麦などの多収量品種の開発も進めなければな。


「わかった。蝦夷の開拓も重要であるしそれでいこう。十勝や渡島など蝦夷各地でも米がどうにか作れぬかやってみて欲しい」


 赤毛種がないからとりあえず亀の尾を使って貰うしか無い。あとは耐寒冷品種をなんとか探し出して貰うしか無い。


「ではそのように。蝦夷行きのものはどのように集めましょうか」


「村々から希望者を募るしかあるまい。蝦夷に行くなら多少色を付けて米や麦を都合することと五年間年貢を免除、さらに村単位でなら馬を一頭つけることも知らせてくれ」


 これでも住み慣れた土地を捨てるとまで行く者はそう多くはないだろう。


「のう太郎、もし津軽や糠部、或いはこのあたりの者が蝦夷行きを志願した場合も同じように与えるのか?」


「そうせざるを得ないでしょう」


 実際に明治から昭和の飢饉では北東北の住民が食い扶持求めて北海道に渡ったそうだし、募集をかければ応募する者が居てもおかしくは無い。それ自体は悪くないから良いが食い物にも馬にも限りが有るから応募者全員を送り込めるわけじゃ無いということも言いつけておかねばな。


「それと久慈に揚がった鰯を加工する工場こうばを設けたので、出稼ぎに来るものも集めよう」


 さてこれで魚粉と魚油の生産が安定して出来るようになれば食糧事情ももう少し改善するだろう。


「住友の田老鉱山も今年から本格的な採掘を始めるのだったな」


「はい。田老に銅吹き場も設けましたのでこれで銭の私鋳も進むと思います」


 田老にもいくらか人を送り込むか。銭の鋳造が進めば銭の力で食い物を買い集めてくることもできるだろう。結果として一時的に出羽の人口が減りそうだがしょうがないか。


「殿、もう一つよろしいでしょうか」


 十勝守が再度口を開く。


「どうした?」


「あぁいえ、向こうの船乗りに聞いたのですが、年の瀬くらいになるとハタハタという魚が大量に取れるそうですが」


 ハタハタか。子持ちのメスが価値が高く、オスは余りがちになるとかなんとか。あとは乱獲にならないよう調整かな。


「なるほど、年が明ける前に聞きたかったがな」


 聞いたところで時間が足りなかっただろうけど。しかしハタハタね……なにかに使えたように思うけど、なんだっけか。


「殿、お願いがございます」


 小国彦十郎忠直が挙手する。


「珍しいな。どうした?」


「は、鮭を増やせるかもしれません」


「真か!」


 俺だけでなく皆が身を乗り出して彦十郎を見る。


「はい。詳しくはまだわかりませぬが、鮭の子に鮭の白子をかけることで小さい鮭ができることがわかりましてございます。これを使えばもしかすると」


 え、人工授精させたのか。未来になってないかこれ。まあそんなことは今はどうでもいい。


「その話は紙にまとめてくれぬか。後でゆっくり読ませてほしい。それとその話がうまくいくようであれば其方の俸禄を三百石に加増いたそう」


 地味に三陸って鮭の産地なのよね。北海道には文字通り桁違いの差をつけられるわけだけど。北海道で山のように獲っても運ぶ手段が限られるからこちらで取れる量が増えるといいな。

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