第三百六十五話 今年は千島探検です

大槌湊 大槌十勝守得守


 久しぶりに蝦夷行きだ。今回は可能なら千島列島を北から東進し得撫島まではたどり着きたい。得撫島の先まで行けるといいんだがな。帰りは太平洋にでて親潮に乗って戻ってくればいい。


「本当にカシラ、じゃねぇ提督が率いて探検なさるんで?」


「そうだ。今年は戦をしない予定と聞いているからな。こんな時じゃ無いと遠くに行けん」


 出羽の手当が大変で少なくともこちらから仕掛けることができる状況ではないからな。


「それなら良いんですが、これに目を通して頂きたいんです」


 そういって渡されるのは乗船者名簿と積み込んだ品の目録が渡される。


「航海計画はどうした」


「え、あ、あぁそれはそのぉ……」


「おいおい奏吉、今後は貴様にも艦隊を率いて貰わにゃならんのだから未知の部分はともかくクシロあたりまでの航海計画はきっちり書いて貰わにゃならんのだ」


 俺がいなくてもきっちり航海出来るようになって貰わねば俺が遠洋航海に出られなくて困る。


「へ、へぇ……」


「まあいい。積み込みが終わるまでまだ数日かかるから今のうちに航海計画を書いてこい」


 奏吉がとぼとぼと小屋に向かう背を見ながらふと思う。海流図も海図もないし気象予報なんかもないから航海計画と言ってもとりあえずのものでしか無いなと。

 最近は小菊殿が体温だとか気温だとかを記録をつけるようになっているようだから、我々もバイメタル温度計とやらで水温などの記録をつけたほうが良いだろうか。


「潮の流れなぞも調べねばならんし、確実な海運のためにやらねばならんことが多すぎるぞ……」


「とうしゃまー」


 今後のことを考えると頭が痛くなるが、下のものに投げればいいかと思っていると背後から声がかかる。


「おい、鈴!危ないぞ!」


 今年三歳になった鈴が駆け寄ってくる。それを華八郎が追いかけてくる。さらにその後ろからまたお腹が大きくなってきた華鈴がにこにこしながら歩いて来ている。そして俺の弟、華八郎からすれば同い年の叔父である鯱丸がゆっくりと付いてくる。


「鈴、どうした?」


 抱えあげながら問いかける。


「あのね、鈴、海のおべんきょうがしたいの」


「おお、そうかそうか。何が知りたいんだ?」


「あのね、どうして海はしょっぱいの?」


「塩が入っているからだ」


「なんで塩がはいってるの?」


「なんでだろうなー」


 土壌中の塩が溶け出してってことだったっけ?そのあたりは詳しくないからわからんな。


「こら鈴!父上の邪魔をしてはならんと言っておろう!」


「むー兄上うるしゃーい」


「これこれ仲良くせんか。しかしどうしたのだ、華鈴まで一緒にとは」


「もうすぐ旅立たれてしまいますので、湊を見たく思いまして。華八郎に警護を頼んだのです」


 なるほど。


「言ってくれれば輿も用意したのだが」


「田代様がおっしゃっていましたわ。少しは歩いたほうがよろしいって」


 居館は麓においているからそこまで距離がある訳では無いが、まあ華鈴がいいと言うのならそうなのだろう。


 しかし田代殿も忙しいな。何人か一緒に来ていたし、育てているようだがまだ一緒に診察術などを学んでいる段階のようで、一人前というには遠いようだ。船医も欲しいから早いこと養成してほしいんだがな。


「それで、いまは何を考えておられたのでしょう?」


 すすっと華鈴が隣に立つ。今日も綺麗だな。


「此度の航海でどこまで行けるだろうかと考えておったのだ」


「父上、この海の向こうには何があるのでしょう?」


「殿が言うには明にも劣らぬほど広い土地があるそうだ」


「ちちうえ、そのみんってのはどれくらいひろいのですか?」


「わからんが、この日ノ本すべてよりもずっと大きいそうだ」


「殿はそんな広い土地に行ってどうなさりたいのでしょうか」


「広い土地であれば食い物がたくさん作れるようになるだろうさ」


 土地が広いというのはそれだけで有利なのだろう。実際地平線の彼方まで畑や牧場が広がってるというのは想像以上に凄まじいものだったからな。しかもあの国は地下資源も豊富と来ているから我々の工業化にも大事な……有効活用できるかは俺の仕事じゃ無いからそれはどうでも良いか。


「父上、いつかその土地に行ってみとうございます!」


「そうだな。そのためにもしっかり学び、何があっても対応できるよう鍛えねばならんぞ?」


 どちらかというとこの華八郎は体を動かすのは好きではあるがどうにも学問というものをおろそかにしがちなのだよな。学問は経験の積み重ねでもあるからしっかりやってほしいのだがな。


「来年には船の扱いを学ぶ船員学校ができるが、そこに入るには武だけではどうしようもないぞ」


 下級船員はともかく、船長などの上級船員をするならそれなりに教育された者でないと困るのでなあ。まあ卒業後しばらく下級船員と一緒に仕事してもらうけども。


「わ、わかっております」


「兄上此度はだいぶ遠いとこまで行かれるようで。土産を楽しみにしておりますよ」


 鯱丸は華八郎とは逆に文に強く、武はお世辞にもそこそこといったところだ。二人で一緒に船乗りになればちょうどいいかもしれないな。


「おう、しかし未知の土地では何があるかわからんからな、鯱丸、お前はもっと体を鍛えろ」


「ははは……これでも毎日走り込んでいるのですが」


「なにいってんだ、俺の半分も走っていないじゃねぇか」


「何言ってやがる。そんな力だけあっても仕方ないだろう」


「はん、ウドのようになまっちょろいよりはいいさ」


 取っ組み合いを始めた鯱丸と華八郎は放っておく。


「はぁ、この二人はもう少し仲良くならないものでしょうか」


「しゃちにぃ、らんぼうなはなにぃなんてやっちゃえー!」


「鈴ももう少しおしとやかに育ってほしいと思うが、一体誰に似たんだろうな」


「一体誰なんでしょうね」


 もしかして華鈴は元々腕白だったのかなとどうでもいいことを思いながら、まもなく始まる航海に思いを馳せる。

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