第三百五十八話 北出羽騒乱 伍

八郎潟湖岸 阿曽沼遠野太郎親郷


 湊城を出て湊二郎を追い北上する。しばらくすると干拓されていない八郎潟が左手に見えてくる。


「随分と広い入り江だな」


「魚や蜆などの貝もよく採れるのだとか」


 前世では干拓されて広い平地になっていたが、確かにこれだけ広ければ干拓して米作りたくなるな。実際には完成前にコメ余りになってしまったようだが、この時代から見れば贅沢極まりない時代だったな。まあこれだけ広いと今の技術で埋め立てるなんて夢のまた夢だし、未開拓の土地もまだまだ有り余っているし干拓するとしても俺の生きているうちではないだろう。


 そう思いながら富津内川に差し掛かると対岸に敵が見える。十勝守からは浅すぎて湖上からは支援できないと報せが来たので使えるのはいまここにある兵力のみだ。


「それでも一応降伏を促してみるか。ご住職、無理を言ってすまぬが、我らとて早くこの戦を終わらせたいのだ」


 講和の使者になっていただいた補陀寺は湊城に近いしきっと役立ってくれるだろう。


「やむを得ませぬな。拙僧がどこまでできるかわかりませぬが、善処いたしましょう」


 ちなみにこちらの降伏文書は所領没収が入っているから受け入れられることは無いと思うけどね。所領没収の代わりに相応の銭払いあるいは米払いになるのだけど、この時代の人がそんな案を飲むかと言われれば無理だろうなぁ。もしどうしても所領が欲しいなら沿海州でも任せようかな。


 そうして補陀寺の住職を使者として送り出したが、当然のごとく断られたと報告してくる。


「まあそうなるな」


「そりゃあな」


 守綱叔父上も守儀叔父上も当然と言った反応だ。うちの将が所領管理めんどくさいとか言っている方が異質だからね仕方ないね。


「まあ交渉が割れてしまっては仕方ないでしょう。これより浦城攻略を開始する」


 富津内川を渡って立てこもる浦城とその支城たる尼子館に迫る。


「まず浦城を攻めましょう」


「うまくいくだろうか?」


「どうでしょうね。とりあえず新式砲弾の評価も兼ねてですので」


「新式砲弾?」


「はい。遠野に寄った際にいくらか持ってきたものです。いまも焙烙玉を撃っておりますが、この焙烙玉の炸薬を減らして石を詰めたものです」


 要は榴散弾だ。弾道工学とか時限信管とかはないし球形砲弾なこともあってそこまで効果はないだろうけど鉄球よりは効果範囲は広いといいなというくらいのものだ。


「砲撃準備ができ次第、順次砲撃せよ」


 そして轟音が轟き、しばらくすると浦城から花火が破裂するような音が聞こえてくる。


「うまく行ったかな?」


 挑発のため槍足軽が山肌を登って城に取り付こうとするが、矢の雨はあまり多くない……ように見える。


「あの坂では大砲を持ち上げられませんが、なるべく近付いて狙ってみましょうか」


 城門と本丸を狙う砲を分けて城門組は大砲を数人がかりで担いで山を登っていく。


「一発打つとしばらく撃てねぇのは困りもんだな」


 守儀叔父上がつぶやく。


「まあ位置を戻して掃除して弾込めして撃つわけですから、どうしても砲撃の間隔が開いてしまいますね」


 駐退機とかマズルブレーキができれば反動を抑えられるわけだからなぁ。船では縄で吹っ飛ば無い様に固定していいるらしい。シリンダーを使って試作をしてもらっているけど水圧式や油圧式はまだ実用化には程遠いし、強力なバネもないからまだまだ未来技術だな。まあ余りバカスカ撃つと火薬があっという間に底をつくのだが。

 

 それに加えて今後こういう城門の至近まで近付いて破城する攻城戦が増えるとすると矢や鉄砲を防ぐ盾は必要になるかな。


「お、漸く城門に大砲を打ち込み始めたようだぞ」


 流石に至近距離から打ち込むとあっという間に門に穴が空いたようで我々の幟が浦城に駆け込んでいく。数回同じようなことをして本丸にも幟が立つ。流石に野戦と違って狭い場所で至近距離から榴散弾などの範囲攻撃をくらうと耐えられないようだな。


「守綱叔父上がうまく湊二郎を捕らえてくれていれば良いのですが」


「のぞみは薄いだろうな」


「惜しい者では有りましたが仕方有りませんね」


 降伏しなかった時点でこうなると思っていたから仕方がないな。湊安東が滅びたってことになるからこれで土崎を自由に使えるわけだ。


「こうなると檜山は孤立してしまいましたので降伏するしか手がないかと」


「うむ、しかし打って出てくるかもしれぬから気をつけよ」


「それは勿論」


 もしかしたら海から逃げるかな。南も北も海軍が塞いでいるので逃げ場はあるようで無い。小野寺も攻略と思っていたけど、小野寺内部で当家に着くかどうかで内紛が起きたし、由利衆も当家に臣従しようとする家が出てきそうだという話を保安局から聞いているので北出羽の戦も漸く終わりそうだ。


 しかし死んだと思っていた湊二郎、安東左衛門佐宣季は榴散弾の破片をちょうど取り付けた面頬に受け、伸びていたらしい。てっきり死んだと思った家臣らが降伏したことで死なずに済んだとのことだ。


「これは安東左衛門佐湊二郎殿、お初にお目にかかる。阿曽沼正七位下陸奥大掾遠野太郎だ」


「ふん、俺をどうしようというのだ」


「臣従せぬか?」


「はんっお断りだ」


 叔父上らが腰を浮かせるが手で制する。


「ではどうしたい」


「貴様の手先になるくらいなら坊主にでもなったほうがマシだ」


 むう、あの母親にしてこの子有りか。この気の強さは母親譲りなのだろう。


「では坊主になるがいい。ところで貴様の家族と家臣らだが」


 湊二郎の眉がピクリと動く。


「当家では蝦夷の開墾も進めておってな、貴様の家族と家臣には蝦夷に行ってもらおうと思っておる」


「蝦夷、だと……」


「ああ、未だ未開の土地だが、開墾が進めば豊かな土地になるだろう」


 戊辰戦争後の北海道入植みたいに一族だけで入植させるというのは一つの手だよな。


「俺も一緒に蝦夷に行っても良いのなら、貴様に臣従しよう」


「では決まりだな」


 蠣崎が未だに兵を興していないのが不気味なんだがな。ここで手駒が増えるのは正直ありがたい。


 数日後、檜山が安東太郎尋季の出家と正室と嫡男を遠野へ人質とする旨の降伏の使者を送ってきたのと、浅利を攻め滅ぼしたという報せを受けた。

 気がつけばお盆も過ぎており、草紙の読み合い会には参加できなかった。結構楽しみにしていたのだが仕方がないので帰ったら雪におすすめがないか聞いてみることにしよう。


「殿、檜山と十狐を寄っていくのだろう?鹿角に湯が出るところがあるそうだが、ついでに寄っていかぬか」


 唐突に守儀叔父上がそんなことを言ってくる。


「湯ですか、そうですね。湯で疲れを癒やしてから帰るのも良いかもしれませんね」


 なかなか湯に浸かるということができないから、温泉に浸かれるなら寄っていこうかな。もう読み合い会には間に合わないしゆったり帰ろう。

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