第三百五十七話 北出羽騒乱 肆

湊城 久慈備前守


「うぅむ、なかなかしぶといな」


 矢弾を振らせているというのになかなか諦めない。当初は大砲や鉄砲に驚いて後退していたが、しばらくすると慣れたのか砲撃や銃撃の合間に攻め寄せてくる。川からは海軍の砲撃が来るので、川から遠いところに陣を敷いてしまった。


 それに豊島城は結局内応の約定を果たさず湊二郎に付いて城攻めを仕掛けてきているようだ。お陰で敵方が混乱せずに我らを攻めてくる。


「備前様、今よろしいでしょうか」


「何奴」


「保安局の鴎と申します」


 殿が飼っている透っ波か。


「一体どうした?」


「殿からの伝言でございます。大曲は落とした。明日にはこちらに着くので粘ってくれ。以上でございます」


「おお!左様でござるか!あい分かった。殿が到着されるまではなんとしても守り通してみせよう」


 明日には殿の本隊が来ると聞いて気持ちが軽くなる。更に伝令を各所に送ると疲れの見える皆の士気が上がった。


 阿曽沼の幟が見えたのは日が傾き始めた頃であったが、物見の者が遠くに阿曽沼の幟を見たときには狂喜し、その反応を見た湊安東の軍は挟撃されかねないからか北に退いていく。


「なんとか守り切れたな」


 緊張の糸が切れ眠り出すものも少なくない。そういう儂も寝たい気持ちでいっぱいだが、殿を迎え入れずに寝るわけにはいかないので気合で殿の入城を待っていると、日が暮れてすっかり暗くなった頃に松明を持った殿の軍が湊城に入城する。


「お待ちしておりました」


「よく持ち堪えたな!」


「なに、あの程度の弱兵、我らにかかればどうってことはございませぬ。なぁ!」


 応!と皆が気勢を上げる。


「それは重畳。それはともかく我らも急いできて腹が減ったから飯を用意しようか」


 というと幾つも鍋を並べて猪肉やら里芋やらを煮始める。味噌の匂いがたまらんな。


「こんな庭先ですまぬな」


「いえいえ、しかし殿も同じ鍋のものを召し上がるので?」


「おかしいか?」


「そりゃあ、殿様ですんで雑兵と同じものを食うわけにはいかないでしょう」


「普段ならそうかも知れぬが今は戦をして居るのだ。同じものを食うくらいでちょうどいいのさ」


 そういうものであろうか。まあ殿がそれでいいならとやかく言うまい。


「ところで湊家の者たちはどうしている」


「座敷牢に入れております」


「では飯の前に合わせてくれるか」


「はっ、ではこちらにどうぞ」



湊城 阿曽沼遠野太郎親郷


 湊城が視認できる位置に来ると湊家の軍が退いていく。


「判断が早い……」


「一旦態勢を立て直すのだろう」


 湊城を諦めたわけではないのだろうが、挟撃されては不利と判断したか。思い切りの良い将のようだ。抵抗なく湊城に入城することができたが、取り逃したのは惜しかったな。


 川に停泊している大槌十勝守と合流して湊城に入場したのはとっぷり暮れてからであった。久慈備前守をねぎらって、飯の支度をさせているうちに捕虜の確認に赴く。


「そなたが湊二郎殿の御母堂か。備前から大層勇壮だと聞いている」


「ふん、貴様のような餓鬼が何の用だい」


 なんとも凄まじい口達者だな。


「これはこれは話以上に達者なようだ。俺がここまで来ているので察しているとは思うが、貴様の息子は逃げたぞ」


 湊家の者のほとんどがガックリと項垂れる。


「はん、あの子のことだ、きっと態勢を立て直してこの城を奪い返しに来るだろうよ」


 まあそうだろうな。しかしそう言い切れるとは何とも腹の据わった婆さんだな。


「ひゃーすげえ婆さんだな。いやはやいっそ清々しいくらいだぜ」


 守儀叔父上が感嘆すると今度は守儀叔父上を睨めつける。


「そんな婆さんを閉じ込めてるたぁ、あんたらは悪鬼羅刹か?」


「はっはっは、乱妨働きをしてない俺たちを捕まえて悪鬼羅刹か、嗤わせるなぁ」


 守儀叔父上が腹を抱えて笑うが、乱取りを禁じてるんだから寧ろ神仏に近い扱いをしてくれてもいいのにな。


「叔父上そのあたりで。まあそれだけ吠えられるならちゃんと飯は出していたようだな」


「そりゃあ殿の御言いつけ通り、丁重に扱っておりますから」


 捕虜を牢屋に放り込むのが丁重な扱いかはわからないけれど、乱妨していないだけ丁重だということにしよう。


「では今後も丁重にな」


「ははっ」


 猶も喚き散らすのをそのままに、庭に戻るとちょうど飯の支度が済んでいた。


「殿、本当に同じものでいいのですか?」


 遠野しかなかった時代からの顔見知りのいるところに腰を下ろす。


「良いんだよ。皆疲れてるんだから別に作らせる労はいらん。それよりしっかり食ったらしっかり体を休めろ。明日明後日は休養日にする故、服も洗え」


 いい加減汗臭さで目や鼻が沁みるのだ。


「かぁ、そういやぁお前さん随分臭うなぁ」


「何いってんだ、てめえこそ臭くて鼻が曲がりそうだぜ」


「なにおう!」


 飯食って皆元気になったのは良いが喧嘩はほどほどにしてほしい。


「俺もそこそこ臭うな」


 大曲で着替えたとはいえ、風呂には入っていないので仕方がない。そういえばこのあたりに温泉はなかったな。寧ろ石油が出るくらい……。


「おお、そうだ!左近、この近くに草生津(くそうづ)川という川はあるか!」


「はい、近くにありますが……?あんな臭い川がどうしたのでしょうか?」


「あの川の臭いのは地から湧き出る油の匂いぞ」


「あれが油なのですか?」


「うむ、安東と浅利が片付いたら取りに行こう」


 秋田の油田は重質原油だったはずなので火を付けただけではそうそう燃えないはず。石炭と合わせてうまく使えるよう研究だけは進めて行きたいね。

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