第三百五十六話 北出羽騒乱 参

角館城 阿曽沼遠野太郎親郷


 報せを受けて十日、漸く角館に到着した。


「これは酷いな」


 先日の雨で火は残っていないだろうが家はほとんど燃えてしまい、焼け焦げた骸となった者も散見される。


「ここまでやるのは余り聞か無いのだがな……」


「守儀叔父上から余分に兵糧を持ってきてほしいと言われてたがこれはどうしようもないかもしれません」


 近くの田畑も荒らされており、この分では冬以降食いつなぐことも難しいかもしれん。


 角館城城門までの道すがら戸沢の者たちが縋るような目で見てくる。助けてやりたいがまずは状況の確認からだ。城門まで来るとそのまま通され、書院に入ると上座に案内される。


「待たせたな」


「いえ、おかげさまで城だけは無事でございます」


「うむ、見てきたがあれは酷い。町の復興もなんとかせねばならぬが、安東の動きも気になる。北から来ていた浅利は追い返したのだな?」


「はっ、浅利は小勢でしたので戸沢城で迎え撃ち追い返しております」


 安東が大曲まで下がったのを受けて戸沢に兵を送って追い返したのだとか。しかし戸沢も荒らされてしまったいう、


「当家の本堂もかなり荒らされてしまいましたが、これで大曲に攻め寄せることができましょう」


「うむ、小野寺は出て来ぬだろうが、本堂城に毒沢次郎をおいておるので問題なかろう」


 毒沢次郎がいるなら問題はなかろう。

 

「それと湊城も落ちて湊二郎は軍を退いたそうです」


 その言葉に皆、目を剥く。


「であれば大曲城は孤立したということか」


「安東太郎が逃げ出したとの噂もあります」


「なるほど、それで安東が大曲から出てこなかったのか」


「我々を誘い込む罠かもしれませんが」


 そうだとしてももう側面を討たれるおそれは無いので問題なかろう。


「陸奥大掾様」


「どうした?」


「我らもお供したく」


 まずは角館の民を慰撫してほしいが、恨みに燃える目を見ては抑え込むよりは発散させたほうが良さそうか。


「わかった。しかし当家では乱妨働きを禁じておるぞ?」


「……それでもようございます。このまま黙っていると為れば武士の名折れ、いやこの地を焼かれたことに対しご先祖様に申し訳が立ちませぬ」


 そこまで言われては止めるわけにも行かないか。


「では明日出る。間に合わぬなら置いていく」


「ははっ!有り難く!」


 喜んだ戸沢衆が早速駆け出ていく。



 日が明けて大曲城に向けて行軍を開始する。五里に満たないため昼過ぎには大曲に到着する。


「近付いたのに射掛けて来ませんね」


「守りの足軽は居るようだがな」


「とりあえず大砲を打ち込んでみましょうか」


 罠かもしれないのでここはまず砲撃だ。城から百間ほどまで近付いたところで二門の大砲が火を吹く。


 城内は蜂の巣を突いたような騒ぎになっているが、出てくる様子はないのでもう一度大砲を打ち込む。今度は城門が開いたので皆身構えたが城門から足軽が逃げ出すだけで打って出てくる様子もない。


「なんだぁ?纏まってねぇぞ」


 守儀叔父上が首を傾げる。武将いないのだろうか。もしかして檜山安東太郎も逃げてしまったのか?


「えぇと、なんだか状況がよくわかりませんが、千ほどで城に入ってもらいましょうか」


「わかった。では五辻行くぞ!」


「はは!」


 そう言って守儀叔父上が大曲城に入るとあっという間に制圧し、悠々と入城する。


「足軽を捨てて将だけで逃げたのか」


「逃げ足が速いのは褒めるべきでしょうか」


「最終的に勝てばよいと考えれば逃げて態勢を立て直すことは間違いではなかろう」


 間違いではないのだろうけど、こんな領主に誰がついていくのだろうか。


「左近、このことを檜山で大袈裟に吹聴しろ。当代の安東太郎は阿曽沼に戦いもせず、領民である足軽を捨てて城に逃げ帰った腰抜けとな」


「畏まりました」


 これでいざ檜山城に籠城するとなっても安東太郎に従うものは少なくなるだろう。


「では湊城に急いで向かわねばなりませんね」


「うむ、思ったよりは早くなったがな」


 それは確かに。大曲城の攻略と制圧にもう少し掛かるかと思ったが抵抗もろくに無く将兵の疲労も殆どないので明日朝イチで出発できるだろう。


「では引き続き本堂城に五百残して小野寺への牽制としましょう。津軽の軍もそろそろ出羽に入ったでしょうから浅利はそちらが潰してくれると思います」


「浅利とやらは降るかな」


「どうでしょうか。降らぬとなれば檜山城攻略後に攻め寄せれば良いかと」


 昔の当家と同じようなマイナー武家だからなんとでもなるだろう。


「そうだな。では浅利は毒沢義政に任せて我らは急ぎ湊城に向かおう」


 大曲から土崎まではおよそ十三里程だそうだ。明日の夕方までには土崎に着くだろう。


「左近、湊城の様子はわかるか?」


 口取りに扮した左近に問いかける。


「は、大槌十勝守様と久慈備前守様が連携して城と船から射掛けたりでなかなか粘っておられまする」


「明後日までは保ちそうか?」


「おそらくは。既に明日の夕方には殿がお越しになることを伝えに人を遣っておりますのでなんとかなるのではないかと」


「わかった。しかし無理だと思えば速やかに海に逃げるよう伝えてくれ」


 奪還されたとしても再度奪えばいいので無理などしなくて良い。しかし湊二郎らも大砲や鉄砲に討たれながら心を砕かれないというのは、失うには惜しいかもしれないな。

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