第三百五十五話 北出羽騒乱 弐
国見峠 鱒沢治部少輔守儀
戸沢が攻められているとの知らせを受け、急ぎ兵を纏めて不来方城をでたものの、坂上田村麻呂が開いたとも言われる国見峠に着いた夕刻には西の方に立ち上る煙が見えた。
「あの煙は角館か?」
「ここからでは分かりませんがおそらく。急いだ方が良さそうですね」
小姓頭の毒沢次郎が焦りながらつぶやく。
「うむ、とはいえ無理をしてはこちらが疲れた状況では勝てる戦も勝てなくなるぞ」
「はっ、失礼しました!」
素直だな。素直なのは良いことだ。
「まあここに居ても仕方が無いのは確かだ。生保内(おぼない:田沢湖駅周辺)まで早めに下りて斥候をだそう」
「承知しました。保安局の者にも城の状況や安東らの動きを知らせるよう申しつけておきます」
「おう、頼む」
とは言えもう日が沈むので今日はこれ以上進めない。毒沢次郎にはああ言ったが俺もなかなかどうして焦っておるな。
日が明けて峠を下る。生保内まで降りたところで斥候を放つ。ここからは五里ほど離れているので戻ってくるのは明日。周辺の山に敵が潜んでいないかも含めて確認してからの出発になるので今日明日はここで待機だな。
「治部様、そこの田沢湖の鱒を村の者が持ってきましたが如何いたしましょうか……」
松崎牧士頭親政が渋面を作りながら聞いてくる。
「鱒を食う……か。ははは!確かに縁起は悪いがせっかく村の者が持ってきてくれたのだ有り難く食えば良い」
「よろしいのですか?」
「何を、この程度の縁起で討ち取られるなら俺はその程度でしか無いということだ。それとなそんな縁起などその鱒と一緒に食ろうてやろうぞ!がはははは!」
村の者には礼として塩一斗をやるよう申しつけると、翌日も新鮮な鱒などを今度は大量に持ってきてくれたので足軽達にも食わせて英気を養うこととした。
「有り難いのだがこんなに貰って良いのか?」
「へぇ、あんなにたくさんの塩を頂けましたので……とは言え貧しい村です。このくらいしか出せるものが御座いませんので」
「あの塩は魚の礼だったのだがな」
こんなに大量の鱒に化けるとは思わなんだわ。
「ほれ見ろ、阿曽沼様はそこらの殿様と違って儂等を大事に扱ってくれるって言っただろ」
我らに好印象をもってくれているようで有り難いな。
戻ってきた斥候によると既に安東らの軍は大曲まで退却して我らを迎え撃つ態勢を整えつつあるとのことだ。そして本堂城が小野寺に攻められており、北からは浅利が迫っているとも。それと角館の町はまだ焼けている様だが城は無事だという。
「このまま角館まで行くのはともかくそれ以上進むと囲まれてしまいますね」
そうつぶやく毒沢次郎に聞いてみる。
「ではどうする?」
「角館の城が無事で、安東の軍が大曲まで退いたのであれば浅利とやらが来たとて角館城はまず落ちぬでしょう。であれば当家の本堂を救援するのは当然かと」
「そうだな。ではまず本堂城に向かうとするか」
「それとあらかじめ騎馬で撹乱していただけないかと」
本堂城の救援に行っているときに横槍を入れられるくらいなら騎馬で撹乱し兵を退かせた方が得策か。退かなくとも混乱しているなら攻めかけやすくなる。
「よかろう。では山を抜け次第騎馬を出そう」
生保内の村の者に案内させて山を降りると、吸う息に煤が混じったような感じがする。
「では松崎よ頼むぞ」
「はは!」
松崎等騎馬隊を送り出した後につづいて本隊も本堂を目指すが、大曲からの攻撃に備えながらなのでゆっくりとなる。幸い向こうも此方の動きを警戒していたのか打って出てくると言うことも無く、真昼川と言う川の向こうに小野寺に囲まれた本堂城が見える。南の方で騎馬に射かけられて混乱しているようだがまだ撤退していない。此方が気取られる前に高台に大砲を持ち上げ敵に向け砲撃を開始する。
「それ!皆の者、小野寺を蹴散らせ!」
数発の砲撃に浮き足だった小野寺に対しさらに鉄砲を撃ちかけ、矢の雨を降らせ川を渡った長柄隊がとどめと言わんがばかりに小野寺勢を蹴散らす。
「ふん、たわいないな。追撃は無用だ、逃げる者は放っておけ」
戦い足りない将兵をなだめ、本堂城に入るとすっかり疲れた顔の本堂等に迎え入れられる。
「待たせたな。よく持ちこたえてくれた」
「いえ、必ずや来ていただけると確信しておりましたので。どうということは御座いませんでした」
そう言うものの当家の騎兵が小野寺を撹乱始めてもうあと少しで折れそうになっていた士気を立て直すことが出来たとか。あと一日遅ければ落ちていたかもしれないな。
「米も水もあるから確り疲れを取られよ」
「これは有り難く」
粥に猪肉の味噌漬けと里芋と牛蒡を煮た物を食わせる。
「これは旨う御座る……」
「口に合うたら何よりだ」
酒があればなお良かったが、戦場で飲むわけにも行かぬ。
「ここから大曲にはどう行くのだ?」
「大曲でしたらまっすぐ西に向かえば着きます。ここからですと流石に見えませぬが三里半ほどになります」
なんと、そんなに近いのか。
「治部様、ここは殿が角館にお越しになるまでここで待機しておくのも良いかと」
我らは一千、角館に兵をやっても仕方が無いか。
「ふむ、しかし儂が行かぬ訳にはいかぬ。ここは毒沢次郎、貴様が纏めろ。牧士頭、其方等は共に明日角館に行くぞ」
「ははっ!」
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