第三百五十四話 北出羽騒乱 壱

角館城城下 安東太郎尋季

 

 阿曽沼の主力が葛西の助け戦に参陣したとの知らせを受けて密かに諸侯と連絡を付け、四日前に檜山城を出た。阿曽沼が出てくるまでに角館を落とし、出羽に入れぬようにしてやるのだ。


 蝦夷は蠣崎に簒奪されたかと思ったら阿曽沼に奪われた恨みをここで払ってやろう。最近比内にでてきた浅利なんとかとかいう者には北から戸沢城(秋田内陸鉄道戸沢駅付近)を攻めさせ、小野寺も早々に隣接する土谷館を落としていまは本堂城(現:元本堂城)に攻め寄せている。


「湊二郎殿(安東宣季)、神宮寺館(奥羽本線神宮寺駅近く)攻めではお見事でございました」


「ははは!まああの程度の城など儂にかかればどうってこと無いわ!」


「流石は湊二郎殿でござるな」


「この角館城もすぐに落としてやろう、と言いたいところだがなかなかこれは骨の折れそうな城だな」


 山頂の本丸にそれを取り囲む切り立った郭など山をうまく使っている。


「力押しをしてもなかなか難しそうですな」


「うむ、なんとか阿曽沼が来る前に落としたいものだが」


 阿曽沼が持っている大砲とやらがあればこのような城も落とせるのであろうか。


「落とせずともこの辺り一帯を荒れ地にしてしまえばよいでしょう」


 阿曽沼が迫ってきたら兵を下げて大曲で迎え撃つか。大曲城で籠城しているところを比内からお家復興を考えている浅利を南下させ、本堂城を落とすだろう小野寺に背後をつかせればいかに阿曽沼といえどひとたまりもないだろう。


「そうだな。城を落とせぬのは歯がゆいが、去年の凶作分くらいは得られよう」


 そうして足軽等にたっぷり略奪させ、角館の城下に火を放ったのちに大曲まで兵を下げ、大曲城の周りに柵を組み、壕を新たに掘っていく。


「ここで阿曽沼を受け止めている間に浅利や小野寺、それに由利衆を使って攻囲する。うむ、実に美しいな」


 湊二郎殿がつぶやく。美しいかどうかはわからんが、軍略としてはかなり良い手だろう。以前は阿曽沼にやられたがこれで阿曽沼に一泡吹かせてやれそうだ。


 そう思っていたところ、伝令が駆け込んでくる。


「ご、ご注進!土崎が、土崎湊が阿曽沼の水軍に攻められております!」


「なんだとぉ!我らが安東水軍はどうした!」


「そ、それがことごとく沈められた様子で……」


 湊二郎殿の顔が見る間に青くなる。


「し、城は、湊城はどうなっておる!」


 安東水軍が敗れることはないと思い城にはほとんど兵はいなかったようだ。


「そ、そこまでは……」


「くぅ!阿曽沼めぇ!こうなってはここに残るわけにはいかぬ!安東太郎殿、当家はこれにて帰らせてもらう!」


「頼みますぞ。湊城が落ちれば我らも孤立してしまいまする」


「わかっておる!そうそう落ちる我が城ではないわ!阿曽沼を海に叩き落したらまた来る故そこで大人しく待っていろ」


 そう言って湊家は連れてきた千程の将兵を連れて湊城に慌てて帰っていく。湊城を落とされては我らも逃げ道を塞がれることになるが、そこは湊二郎殿だ、おそらく大丈夫だろう。大丈夫だと言ってくれ。


「まずいぞ、いや阿曽沼は多くて四千、籠城して居れば落とされることはない!皆のもの、阿曽沼の将から足軽まで首一つにつき米一石を褒美とするぞ!」


 儂の檄に城の将兵が色めき立つが、やはりここは小野寺や浅利らを残して逃げたほうが良さそうだな。



土崎湊 大槌十勝守得守


「撃て!撃て!湊二郎が戻ってくる前に城を落とすぞ!」


 安東が動いたとの報せを受けて錨を上げ、土崎湊に急行した。初めて見るスクーナー、そしてこの蒸気船をみてぽかんとしているうちに文字通り突撃して安東水軍の大半を海の藻屑とした。残った船は我らに投降し、安東水軍は全滅した。まあ風と関係なく突っ込んできて鉄砲や大砲を撃ってくる我らは恐怖でしかないだろう。


「かしらぁ!船からでは城にまで弾がとどかねぇぞ!」


 射程が短すぎるんだよな。帰ったら殿にもっと射程の長い大砲を作ってもらうよう願を立てねばな。それと提督だ。いい加減、かしらではなく提督と呼んでもらいたいものだ。


「仕方あるまい!鉄砲と焙烙玉で城を攻めよ!」


「合点!じゃあ久慈の旦那!今回も頼むぜ!」


「応よ!」


 そういえば今回も久慈が上陸部隊だな。上陸戦の専門部隊にしてはどうかと殿に計ってみるか。


「よし、上陸を支援する!砲撃は止めるな!」


 カッコで上陸をかける久慈らを砲撃で支援するが、そもそも敵兵は主力が出払ってほとんどいないのか、大砲に怯えたのか余り出てきていないので難なく上陸を果たす。


 そのまま九町ほどをかけて湊城に取り付き、鉄砲を打ち掛け焙烙玉を放り入れ、さらに湊城に潜っていた保安局の者と思われる足軽が開門しあっさりと陥落した。入城するとほとんど警備のものはおらず、残っているのは女子供ばかり。


「城をほぼ空にしていくとは、攻められるとは思っていなかったのか」


「安東水軍が負けるとは思っていなかったんじゃねぇのか」


「蠣崎を攻める前に当家の海軍の威力を見ていたと思ったのだがな」


「実際は見ていなかったということだろう」


 まあお陰でこちらは楽に殲滅できたわけで、何も困らんがな。

 奥の間に入って、湊家の奥方や嫡男共を確保しにむかう。もちろん乱妨を禁じているので城のものに理由なく手を出したら後で魚の餌になることは通知しており、縛られるものが時折いるものの概ね静かに制圧された。


「この遠野の山猿が!この湊城に土足で踏み込むとは恥を知りなさい!」


 歳を食った身なりの良い女が吠える。


「湊二郎殿の御母堂か?」


「だとしたら何だというのです!」


「皆を守るために吠えるなんて泣けるね。まあ心配せずともそっちが手を出してこない限りは何もせん」


 しかしまあずいぶんと手が震えてるじゃないか。


「では備前殿、城の方々はくれぐれも丁重にお願いしますぞ」


「任せろって。おう、テメエ等聞いたな、ここの居る方々は丁重に扱え。もし乱暴に扱ったら貴様等の首が飛ぶと思え!それにもうすぐ湊家の軍勢が戻って来るだろうから配置に付け!」


 備前守にこの場を任せて船へと戻る。まもなく三百の増援を載せた第二艦隊が到着し、湊城の修復をしつつ万全とまではいかないが将兵四百余りで迎え撃つ体制が整う。


「あとは豊島玄蕃頭とやらが手はず通り呼応するかだな」


「しかしカシラ、豊島とやらは百騎あまりなのでしょう?」


「たとえ百でも後方を突かれれば崩れるのが陸の戦だ」


 海戦でいえば後ろはつまり風上を取る……関船も安宅船も戦闘時は帆を畳むんだったな。櫂船の戦術はわからんが乗り込んで制圧するのだろうから、後ろを取る必要性は低そうだな。まあ海と陸の戦術は違うということで良さそうだ。

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