第三百五十三話 焦りは禁物
牧沢城 阿曽沼遠野太郎親郷
あれから十日余りが経過し、当家から譲渡した改良型の手銃、と言っても銃身を火縄銃並みに伸ばしただけのものを使って佐沼城に打ちかけており、大崎の兵はかなり士気が下がってきているようだ。一方で佐沼城防衛の援軍に来た伊達も手銃を手に入れており時折撃っていたようだが、火薬も弾も射程も足りないことで更に佐沼城を守る兵たちの士気は下がっているのだとか。
「もう数日もすれば佐沼城も落ちるでしょう」
「結局俺たちはここに居て牽制以上のことにはならなかったな」
「良いじゃないですか。無駄に当家の兵が血を流さずに済んだのですし」
「しかし兵を出したのに出ていくばかりで得るものがないのはなぁ」
「少ないですが得られたものもありましょう」
「葛西の信頼を得た……か」
ここで得た信頼がどれほどのものかはわからないけど、不義理者と思われないことも大事だからね。まあ探題からすれば命令を聞かないならず者といった評価を得たかもしれないが今後の攻略対象だし直接接しているわけでもないので気にしなくてよかろう。あとは少なからず兵站に関して実地ができたから良しとするかな。
「あとはそろそろ安東等が動いてくれれば良いのですが」
「兵糧を溜め込んでいた以外は依然として動きはないと」
「今のところそのようで」
まあ焦っても仕方がない。
そしてさらに三日が経ち、士気を維持できなくなった大崎との講和がなって佐沼城が葛西に引き渡されることとなった。この勝ち戦の宴のために登米城に来るよう指示が入る。
「佐沼城攻略おめでとう御座います」
「うむ、其方のもってきた鉄砲というもの、あれのお陰でうまくいったわ。がはは!」
「お役に立てたのであれば僥倖でございます」
「まさか伊達もあの鉄砲を持っているとは思わなんだがな」
「それは確かに。どこぞから仕入れたのでしょうか……」
ふふっ全く、伊達はどこから手に入れたのだろうな。今回の戦で葛西は鉄砲の有用性を感じたかな。
「これをいくらか売って欲しいのだが能うか?」
「ははっ!葛屋に申しつけてお持ちいたしまする」
好きなだけ買ってもいいんだが弾薬が高いぞ。
「弾薬はどうやって手に入れておる?」
「これは商人から買っておりまする」
「如何ほどするのだ?」
「当家では二百匁を米八千石で買っておりまする」
勿論嘘だ。このあたりの値段は雪に聞いてみたら大友宗麟が南蛮の硝石二百匁を銀一貫で買っていたそうで、米にするとだいたい八千石なのでこの値段にしたけどもう少し高くしても良かったかもしれない。
「そんなにするのか……」
「やむを得ぬ出費かと」
葛西晴信が目を丸くする。まさかそんなに高価だとは思っていなかったのだろう。まあ安くは無いんだよな。こっちも作るのに結構な労力を割いているし。勘定方の家老達が頭を抱えているのが見える。有用なのは確かだが費用がかかりすぎるので悩ましいというところだろう。
「しかし阿曽沼殿が躍進したのはその鉄砲もありましょうから、少しずつでも買い貯めて行くしかないでしょうな」
大原刑部大丞がとりなす。
「それに少しずつでも領を増やしていけばなんとかなるでしょう」
「そ、そうであったな。ではこれからも皆の力を頼みとするぞ」
「ははっ!」
葛西壱岐守が気を取り直してそうまとめる。そして勝利を祝して宴が始まる。一瞬柏山が目に入ったが、俺が褒められたのが面白くないような表情だ。
「勝利の美酒は真に美味いのう!」
「この清酒というものも美味いでございますな。阿曽沼殿はこれも造っておるのか?」
「はい。まだまだ質が落ち着きませんが、なんとか飲めそうなものをお持ちした次第です」
「それと宇夫方の、其方に教えてもらった揚げ物というのはこれは美味いの」
「お気に召しまして恐縮でございます」
叔父上が恭しく礼をする。普段の振る舞いからは違和感があるけどTPOってやつだねたぶん。
楽しく宴会をしているところに来内新兵衛が駆け込んでくる。こいつは次の間で飯を食っていたはず。
「新兵衛、どうした」
「あ、安東が攻めてきたと報せが!」
「なんだと!……太守様、皆様、お楽しみのところ恐れ入ります。当家の大事となりましたため急ぎ戻らせていただきまする。お騒がせしましたこと、申し訳ございませぬ。では御免!」
ぽかんとした葛西の一同を残して急ぎ白星にまたがる。
「白星、長距離になるのでゆっくり目に頼むぞ」
二十五里を超える長距離なので明後日に岩谷堂城に、その翌日に遠野に着くだろう。遠野からの出陣は早くて五日後になるだろうか。こちらに知らせが来るまでに四日ほど経っていることを考えると角館城はなかなか厳しいかもしれない。
「殿よ、足軽共はまだ暇を出していなかったはずだな」
「ええ、二千はそのまま岩谷堂城に居るはずです。大丈夫だとは思いますが、念のため五百を岩谷堂城に残して一足先に角館或いは本堂城(現:元本堂城)に向かってください。それと十勝守は既に動いているはずですので湊家の撹乱はできるかと」
「承知した」
叔父上は焦れったいような表情だが、ここで焦っても馬も徒歩の者もバテてしまうので常歩で岩谷堂城に向かう。道中で一足早く守綱叔父上が不来方から千の兵を率いて出陣したと報告を受けた。まだ落ちていなければこれで角館城は守れるだろう。本堂城は守り切れるであろうか。
無論当家そのものが負けるということは無いだろうが、今回の戦の被害をどの程度で抑えることができて、どこまで攻め寄せることができるか。
「しかし宴会を切り上げてきてよかったのでしょうか」
「さてな。まあいま我らと敵対する利は葛西には無いはずだ。まああるとすれば柏山とやらが独断で攻めてくるかもしれぬが、沖館備中をおいていくから問題はなかろう」
叔父上が認めた奴だ、多分問題はなかろう。しかしこういうときにトラックなり鉄道なりあれば一日で移動できるのにな。全く馬と徒歩しか無いというのは焦れったい。
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