第三百五十二話 恨み
牧沢城 阿曽沼遠野太郎親郷
岩谷堂城を進発し牧沢城に至る。すでに大原殿が到着しておりすぐさま軍議に入る。
「いやはや阿曽沼の婿殿がわざわざ来てくれるとはの。それに見違えるほど大きくなったなぁ」
「大原様ご無沙汰しております。葛西の一門として私が出張らないわけにはいきませんからね」
身長に関しては最近時々骨が鳴るような感覚があって結構痛むことがあるんだよな。鎧も小さくなってきたのでこの戦が終わったらまた新調しなければな。
「阿曽沼の援軍が得られるということで太守様も喜んでおられたぞ」
「それは何よりで御座います。ところで我らはここで待機で良いのでしょうか?」
「ああ、我らがここにいることで大崎は兵を取られるでな。太守様の佐沼城奪還は優位になろう」
「であればここは我らにお任せいただき大原殿は佐沼城攻めの援軍に向かわれた方がよろしいのでは?」
そわそわしているし実際城攻めに参加したいのだろうと提案してみると、ぱあぁっと表情が華やぐ。
「真に良いのか?」
「当家は二千連れております故、何かあってもそうそう負けはしませぬ。そうだ序でに兵糧も幾ばくか提供いたしましょうぞ」
「ではここは頼もう。いやあ持つべきものは阿曽沼の婿殿だのう」
そう言うと大原刑部はそそくさと支度をして佐沼城へと向かっていった。
「ずいぶんと信用されているじゃねぇか」
「日頃の行いというものでしょう」
「よく言うぜ」
何故だ、俺はそんな悪いことはあんまりしていませんが。
とりとめの無く話をしていると武将等が数人入ってくる。甲冑を着込んでいるがここはまだ囮というか見せ駒というかそんなものなので戦の気配は無いのだがな。
「あんたらが阿曽沼か」
「そうだが、其方はたしか」
「俺は前沢城を預かる柏山伊予守だ!貴様等のせいで我が領は凶作になっておるのだ!」
「どういうことだ?あんたらの領を荒らした覚えはないぞ」
仮にも葛西と同盟しているのだからこちらから刈田なり乱妨なりするはずがなかろう。
「何を言うか!逃げる民を捕らえてみれば阿曽沼領に逃げれば飯が食えると言っておったのだぞ!」
なるほど、最近流民が増えておったのは柏山なりから逃れてきていたのか。まあ去年も気温が低かったから、苗代や温水池等の無い他領では凶作だったとは聞いている。
「……それは我らが悪いのではなく貴殿の政が悪いからではないのか?」
思わず口から出てしまったがこれは禁句だったろうな。知識チートも無ければ農学もないのだからこいつを責めても仕方の無いことだったな。
「おのれ!愚弄するか!」
「おいおい、ここで刀を抜く気か?周りには当家の兵が二千おるのだぞ?それに最前線ではないとは言え敵の近くで争うなど莫迦なことはよせ」
「ぐぬぬ」
「某も口が過ぎた。貴殿の行いも俺の心にしまっておくし、後ほど詫びとして兵糧を幾ばくか贈ろう」
「くそっ!今に見ておれ!貴様のその澄ました面を叩っ切ってやるからな!」
なんとか首の皮一枚くらいは理性が残っていたようでドスドスと音を立てて部屋を出て行く。
「なんとも逆恨みの酷い奴だな」
叔父上が脇差にかけていた手を放してつぶやく。
「それにしても今に見ておれとは一体何をしでかしてくるのでしょうね?」
「さてな。もしかしたら葛西殿を嗾けてくるかもしれんぞ?」
「まさか、と言いたいところですが、用心はしておきましょう。左近!」
「殺りますか?」
呼ばれて最初の声がそれか。
「さっきのことは俺にも非があるから殺らんでよい。それより彼奴を付けて何かあったら知らせてくれ」
「致し方有りませんな」
しょうがねえ、じゃないよ!今殺ったら俺が悪者になるだろうが!口が過ぎたのは良くなかったが、俺から裏切るなんてことはしないさ。
◇
高水寺城 斯波熊千代
兄上が無くなってから早四年、母上に弓を引いた咎で阿曽沼に討たれた。勝敗は兵家の常とは言え、兄上を討った阿曽沼の当主の遠野太郎に恨みは少なからずある。なにも殺さなくても良かったと思うが、今更言ったところで兄上は戻って来ないし、たかだか一万石程度の当家では二十万石を越えたという阿曽沼には逆立ちしようと敵わない。そもそも当家は阿曽沼に囲まれておりどうにもこうにもならない。
それは理屈としては理解しているが、さりとて恨めしい思いが消えるわけでも無い。足利に連なる当家だから何か起死回生の一手があるのでは無いかとも思う。
「なあ大炊助(稲藤大炊助)、どうやったら阿曽沼に勝てるだろうか」
書の時間に大炊助に聞いてみる。
「若様、お気持ちは推察申し上げますが……」
「分かっている。いまどうこうしたとて阿曽沼には敵わぬことくらい」
分かっているがせめて一矢報いてやりたい。とは言え大崎の探題に頼もうものならすぐさま我らを捕らえに来るだろう。そうすれば良くて追放、悪ければ斬首だろう。父上も兄上も亡くした母上をこれ以上哀しませるわけにはいかない。
「それに母君、千寿院(斯波千春)様は阿曽沼の奥方等と仲良くされておられます」
「そういえば母上は阿曽沼の母君に誘われて草紙を作っているそうだな」
仇の母親と仲良くするなんてどういう心境なのかとは思うがな。
「ええ、先日見せていただいたものは亡き殿や孫三郞様への思いを綴ったような哀しき話で御座いました」
「そんなものが何になるというのだ?」
「書にしてしまうことで気持ちの整理が付いたのだそうです」
そういうものなのだろうか。まだ俺にはよく分からない。そもそも草紙などいい大人が読むものでも綴るものでも無いというが。
「夏には読み合い会を行うのだそうで、千寿院様のお顔も落ち着いてきておりますな」
「ふむ、母上にとっては悪いことではないのか。して草紙とはそんなに面白いものなのか?」
「それではどうでしょう、巧いものもあれば下手なものもあるかと思います。そうだ熊千代様も一つ書いてみては如何でしょうか?」
俺が草紙をだと?
「要らぬ。それより終わったら稽古に付き合ってくれ」
とりあえずいまやるべきことは草紙を書くことでは無く、武家の子として腕を磨くことだろう。
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