第三百五十一話 出陣
鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷
田植えの佳境を過ぎ、いよいよ出陣だ。
「じゃあ行ってくるよ」
「殿が行く必要も無いと思うんだけど」
「これも家同士の信頼関係につながる話だから、俺が出るしか無いんだよ」
責任者同士がたまに顔を見せるってのも関係を維持するのに必要なんだよな。まあ俺が出張っても向こうは筆頭家老の大原刑部大丞だろうけど。せっかくなので家臣から見た葛西家の現状を聞いておこうかね。
「じゃあ仕方ないけど、むやみに先陣を切っちゃ駄目だからね?」
「分かってるって」
「本当でしょうね?左近さんから報告を貰うようにしてるから嘘ついたらただじゃ置かないからね?」
一体いつの間に……。
「ま、まあ俺が先陣を切らなきゃいけない戦じゃないからそういうことは無いさ」
「そういえばそうだったわね。じゃあ怪我しないように気をつけてね」
「ああ。戻るのは早ければ来月あたりだろう」
「そんなに早く安東とか蠣崎が動くかしら?」
「蠣崎は分からないけど、安東は動くんじゃ無いかな。まあ父上と守綱叔父上と毒沢次郎を残してるからなんとでもなるさ。じゃあ行くぞ。白星、良いか?」
白星が任せろと言わんばかりにブルルと言い、ハチとブチに狗の子が数匹、それに武雄威手駆(ヴォイテク)が寄ってくる。
「え、その子等も連れて行くの?」
「ああ、軍用犬としてどこまで使えるのか見ておきたいからね。まあハチとブチはこれが最初で最後だろうけど」
そろそろハチとブチは十歳近いけど陣の警備犬として連れて行く。狗の子らは伝令犬で各隊に預けて文のやりとりを試みる予定だ。ヴォイテクは意外と足軽達に好かれているんだが馬達が怯えてしまうので連れてはいけない。白星は怯えないんだがこれは白星が異常なだけだろう。
「殿、支度が済みましてございます」
来内新兵衛が声をかけてくる。
「じゃあ行ってくるよ」
「御武運を」
「はぁ、戦を前に惚気けたところを見せないで頂きたいですな」
新兵衛が呆れたように言ってくるが知っているぞ。
「そう言うな新兵衛。この戦が終わったら貴様も祝言を挙げるんだろ?」
「なっ!」
「茂左衛門が嬉しそうにしておったぞ。まあ大事の前なんだからこの戦で名を上げようと逸るんでないぞ?」
新兵衛が赤くなっているが、この戦争が終わったら結婚するんだってフラグっぽいから気をつけてやらないとな。
「今回の戦は我々はあまり前に出ないと聞いておりますので、そ、そういうことは致しませぬ」
そもそも俺を守る役だから前線に出るなんてよほどのことがなければないけどな。
「それよりも今回、次郎の奴を連れて行かなくても良いのですか?」
「ああ、全員連れて行くといざというときに困るかもしれんからな」
「いざというときに……ですか?」
「この世は諸行無常、常に何が起こるか分からぬのだ。備えておかねばならぬ」
「まあそれはそうですが。領内で何かあるとでも仰るのですか?」
「そういうこともあるやもしれぬ」
急激に広くなった影響で保安局もまんべんなく目を光らせるのが難しくなってきた。このあたりで警察を作るのも必要かもしれんな。
「それよりいいの?皆まってるんでしょ?」
雪に背中を押されるように部屋を出る。
◇
「殿、皆揃っております」
白星に跨り、大手門に差し掛かると毒沢次郎が待っていた。
「次郎済まないな」
「いえ、拙者は殿が安心して戦に掛かれるならばそれでようございます」
「うむ。では留守居を頼む」
「ははっ!」
軽く白星の腹を蹴り、兵学校二年生五名を含む遠野勢二百名強を連れて城を出る。なお二年生はあと十人いるが後方からの物資の手配と帳簿、そして連絡を担当させている。
途中、野手崎城で夜を明かして岩谷堂城に入る。ましになったとはいえまだまだ遠野から少し離れれば整備が遅れているな。
「ようやく来たか」
「守儀叔父上、お待たせしました」
「去年は戦がなかったから皆、血に飢えておってな」
「叔父上……此度は葛西の援け戦ですよ?我らが率先して戦うのではないのですが」
「わかってるって程々に暴れてやっからよ」
程々ね。
「とりあえず安東や小野寺がきな臭くなっておりますのでこちらで徒に兵を失うわけには参りません」
「そっちは予定通り進んでるのか?」
「おっと済まないが皆少し外してくれないかな」
北出羽で安東らをけしかけていることが広まっても困る。あくまで俺たちは慌てて引き返すシナリオにならなきゃいけない。
人払いができたので話を再開する。
「檜山安東は湊家や小野寺、最近比内に足場を固めた浅利に由利郡の国人共に声をかけているようでございます」
「てなると角館あたりで決戦か?」
「そうできればよいのですが戸沢がどれだけ耐えられるかですな」
「戸沢には知らせていないのか?」
「檜山に動き有りとは伝えておりますが、北出羽の各家が手を組めば流石に厳しかろうと」
出羽の各家が全軍を差し向けてくれば三千から四千くらいになるだろうか。
「俺が不来方城に居ればなぁ」
「叔父上は対大崎の要石ですので」
「何を言ってやがる、葛西も、だろうが」
「ははは、まあそうではございますが葛西にも近いこの地から叔父上を移すというのはなかなか難しく」
「それは仕方のないことだ。それより出羽攻めはどれほど用意するつもりだ?」
「ここに五百残す必要がありますので総勢三千と言ったところでしょうか。海軍に土崎湊を攻めさせます」
土崎を攻めれば後背を突かれた湊家が離脱するだろう。そうすればあっという間に不協和となって崩れるだろうから後は各個撃破すれば良い。烏合の衆はいくらいても烏合でしかないのだ。
「出羽を望むのは湊か?」
「それと鉱山ですね」
前世では既に衰退していたがかつては金銀にそして銅、石油、硫黄など多数の鉱山があり、全国で唯一鉱山学部があったくらいだからな。あとは勿論、農地だな。
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