第三百五十話 兵学校の実習は補給から

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 雪が溶け始め、慌ただしく苗代づくりと田起こしが進められていく。


「そして我らは戦の支度か」


「何をぶつくさ言ってるの。今回は助け戦で大きく動く予定はないんでしょ?」


「そりゃあそうだが、それでも兵を出せば兵糧も予算も取られるからな」


 人は死ななくったって、一度軍を動かせば諸々の予算を取られてしまう。


「それでどこまで行くの?」


「大原殿を主として、薄衣城を落としたら沢辺館(宮城県栗原市金成付近)まで行きたいそうだ」


「ふぅん、その沢辺館ってのがどこかはわからないけど結構入り込むのね」


「あまり俺たちが活躍しても困るそうなので、鉄砲はほんのちょっとだけ、大砲に至っては持っていかないけどね」


 これまでもそれで当家の領土を増やしたから警戒されるのは致し方ないし、安東や蠣崎が動くなら、大砲を運ぶ時間が勿体ないからね。


「それじゃあ城攻めに時間かかりそうね」


「あまり早い侵攻でも困るし、葛西も俺たちに活躍されても困るようだからな」


 補給が追いつかないし、葛西は葛西で負けても困るが俺たちに暴れ回られても困ると、葛西家中が面倒くさいことになっているそうだから大崎の目を引きつければそれでいいようだ。


「大きく動く戦にはならなさそうだから兵学校の連中に補給管理をやらせようと思ってるんだ。だからあまり戦況が激しく動かれても困るんだよね」


 前線の将になる前に補給戦を実感してもらうという今回の戦での数少ない利だ。兵站の理解のない者を上級将校にするわけにはいかない。一部、反対するものが居るようだが補給部隊こそ昇進の登龍門にしてしまえばそういう声も減るだろう。


「補給戦の実習ってわけね」


「ああ、この時代だとインフラも整っていないし、自動車もないし補給能力はまだまだ大したものじゃ無いけどそれでもいい補給方法があるだろうしね」


「秀吉がやっていたように拠点に物資を集積させる的な?」


「秀吉が?」


「そう、中国攻めをしていた秀吉が信長を招くために何カ所か御座所っていう補給拠点を作っていたのよ。中国大返しではその御座所の食料などを使って補給したんじゃないかって説があるのよ」


 なるほどな、事前集積をした拠点を使って迅速に補給、行軍をするということか。秀吉が考えたのか軍師の黒田官兵衛が考えたのかは知らないけど、天才か。当家でも今後活用したいな。


「それはそれとして葛西も一枚岩では無いようで、当家に鞍替えしようという者もいるそうだ」


「葛西様も内憂外患ね」


「仕方ないさ、最近漸く家中を統一できたくらいなんだし。とは言え俺たちが率先して寝返らせる訳にはいかないし、そうなると葛西との戦もそう遠くないだろうな」


 葛西を平らげることが出来れば北上川を総て手に入れられることになるわけだ。これは数百年早い北上川総合開発計画の発動待ったなしだな。桃生郡以南の平野部の治水と河川交通の確立が得られれば奥羽では最強になるだろう。そしたら次は相馬などと協同して伊達を討つか。却って恐れを為して俺らの敵になるかも知れないな。


「そういえば清之から手紙が来たんだが」


「何かあったの?」


「西陣に職人を求めてみたら素気無く断られたそうだ。しかもその際に嗤われたそうでな、ずいぶんと頭に血が上ったような文だったぞ」


「父様……。それにしても西陣の人はなんで笑ったのかしら」


「わからんが、ここに下向するというのが思いもしないことだったんじゃないかな」


「あぁ、まあ遠いもんね」


 それだけでもなさそうな文面だけど来ないのなら仕方がない。かと言って攫ってきても仕方がないし。


「それと四条様から羊を献上しろとの仰せだそうだ」


「えぇ、こっちだってようやく殖やし始めたところじゃない」


「なので今年また十勝守が沿海州に行くから、そこでまたいくらか手に入れたら、かな。今回は豚が手に入ると良いんだけれど」


 毛は手に入るけど肉は牛と同じく老いたものからになるだろうから、肉用に豚が欲しいんだよな。安定供給できれば害獣駆除以外で猪を捕らなくてすむようになるのもいいな。


「豚が手に入ったらとんかつを作らないといけないわね」


「生姜焼きもな」


「はぁ、想像するだけでおなかが空くわね」


「本当にな」


 猪で作ればいいんだけどまあそれはそれってことだ。


「おなかを空かされたと聞いて!」


「さ、紗綾殿!勝手に入ってはなりませぬ!」


 突然縁側から彩綾が入ってくる。手に南部せんべいならぬ遠野せんべいの乗った菓子盆を持って。


「桃花さん、我々は殿と姫様の下男下女です。主に何かあればすぐさま飛び込むのが役割でしょう」


「あら紗綾、気が利くじゃ無い。ありがとう」


 雪の労いに紗綾が笑顔になる。


「桃花、白湯を用意してくれ。皆で食べよう」


「と、殿、私も相伴に預かってよろしいのでしょうか?」


「勿論だ」


 せっかくたくさん持ってきてくれたのだし、皆で食えば良かろう。


「そういえば紗綾はあれから草紙を作っておるのか?」


 ふと気になったことを聞いてみる。あれから草紙を見ていないんだよな。


「ええ、あれから草紙と絵草紙を一冊ずつ作っております」


「ほぉ、今は流石に無かろうからあとで見せてくれるか?」


 そう言うと何故か雪と桃花が盛大にむせ込む。


「え、あ、あのぉ……それはちょっと……」


 そして彩綾は気まずそうにしている。


「以前見せて貰った悲恋物の草紙がなかなか良かったのでな、新しい作品がないかと心待ちにしていたのだが……」


 雪と桃花に視線を送ると何故か逸らされる。もしかして二人は読んだのかな。


「ちょ、ちょっと内容がいまいちだったかなぁ」


「さ、左様でございますね。殿がご覧になるにはあれはいささか……」


 雪と桃花が言葉を濁すが、そうかあまり出来が良くないのか。常に佳作を作るってのは難しいだろうしやむを得ないな。


「では次の作品が出来たら見せてくれるか?」


「は、はい。承知いたしました!」


 威勢良く紗綾が返事をしてくれたので次回作は読ませてもらえそうだな。


「んーでも期限があった方が身も入るだろうから、そうだなお盆までに書き上げてくれるかな?」


「あ、は、はい!」


 そういえばお盆はコミケだったな。


「序でだ、母上等も草紙を作って読み合いをしたいとか言ってたとか聞いたし、盆前に草紙の読み合いをする会でも開こうか」


 そうと決まれば各所に触れを出すか。どんな作品が読めるのか楽しみだな。

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