永正10年(1513年)
第三百四十九話 西陣に行きました
京 西陣 浜田清之
殿は西陣にある高機という機織りの道具とそれを操る職人を所望なさっていた。四条様にお願いし、それとなく様子を伺ってみたがなるほど見たことのない機織りの道具を使っている。
「御免」
「へい、どうなさいましたか」
「拙者、陸奥の田舎から出てきたばかりでな。このあたりではどんな錦も作ってくれると聞いたのだが、真でござろうか」
「大抵のものは用意できますが」
銭は持っているのかと、こちらを見てくる。
「生憎と遠い陸奥から重い銭を背負ってくるわけにはいかぬでな、これで一つ頼みたいのだが」
ずっしりとした巾着を職人にわたす。職人が中を覗くと目を輝かせたようだ。
「これはこれは……」
「充分か?」
「それはもう。明の糸で作らせていただきましょう」
「そうか。それとそこの織っているところを見せてもらってもいいか?」
「はぁ、まあ構いませんが面白いものではございませぬよ?」
「ははは、陸奥にはあのような機織り機はないのでな」
そう言うと得意げな表情を見せてくる。
「そうでしょう。我らは伝法大師様が山門を開山なさったころから既にこのような機織り機を使っておりました」
「ほぉ、それはすごいな」
「古からの技に加えて、明から最新の技も得ておりますので、明の布にも負けぬ出来だと自負しております」
「流石は陸奥にまで名の轟く西陣でござるな」
自慢げにそう言うのでもう一言二言褒めてみるとまんざらでもなさそうだ。
「ところで応仁の頃からの戦ではかなり被害を被ったと聞いたが」
すると今度は苦々しい顔になる。
「あのときはえらい迷惑でしたわ。私どもの親なども焼け出されて堺に逃げましてん。ようやく落ち着いたかと思えば、また公方様や管領様は京で戦をしてはりますんで、ほんまに敵いません」
「むぅ、そなたらも大変だのう」
公方だ管領だと言って相争っているうちに京の民はすっかり幕府への支持をなくしつつあるようだの。
「誰でも構いませんのでいい加減戦を止めてくださいませんかねぇ、っとこんな愚痴を申しましても詮無き事でございましたな」
「いやいやそうでもないぞ。なかなか興味深い話であった。ところでどうだ、もしよければ拙者の故地である陸奥は遠野に来てみぬか?この京ほどには戦はないぞ?」
そういうと職人はキョトンとした後、笑い始める。
「あはは、お武家はん冗談が上手いですな。如何に京が荒れてる言いましてもそうそう陸奥なんぞに下向するわけがあらしまへん」
そう言って大いに笑う。いずれ此奴の首を取ってやろうぞと思っていると無意識に手が伸びたのか、鍔を鳴らせてしまったので職人が息を呑む。
「こ、この金の分に見合った反物は用意致します。それでどちらにお持ちすれば良いでしょうか」
「四条様の邸に頼む」
「こ、これは大納言様の家のお方でしたか。重ね重ね失礼いたしました」
やはり陸奥のというより公卿のほうが扱いが良いな。致し方あるまいが悔しいな。
◇
四条邸
四条様に西陣でのあらましを伝えると、腹を抱えて笑われる。
「四条様、そこまで笑われなくとも……」
「ほほほ、すまぬの。いやまあ陸奥は遠流の地やから、其の者の言うこともわからんわけやないんや」
「それではその陸奥に下向なさった大宮様やそこから来た某は何になるのですか」
確かに遠流の地ではあるが面と向かってそう言われて面白いはずがない。
「そんなへそを曲げんといてぇな。それよりも下手に斬りかかって無くて良かったわ。西陣は朝廷にも室町はんにも顔が利きますからな、なんかあったらあてでも助けるのは無理ですわ」
そう言われるとぞっとする。なんでも朝廷や幕府はもちろん、山門なども顧客だそうだから下手すると当家に大きな問題になっていたかも知れぬ。
話を逸らされた気はするがあまり四条様を攻めても仕方が無いので深呼吸をして気を落ち着かせた。
「それよりも最近は煙を吐いて走る車があって、そいつを使えばあっという間に道も田もできてしまうっちゅうやつ。ホンマなん?」
「蒸気でございますな。確かにあります」
いまは雲梯(クレーン)に蒸気をつけたり、蒸気で人を運ぶ道を作っておるな。蒸気でどうやって人を運ぶのか考えもつかぬが。
「ほんまなんやな。それがあれば田や畑が拡がって民が飢えることも無かろうになあ」
京の飢えは寧ろ田畑の問題というより、年がら年中戦なりならず者が刈田をしていること、あまりに多い関所で米が高くなって手に入りにくくなっているからではと思うのだがな。
「民が飢えるかどうかはその地を治める者の問題もあるのでは無いでしょうか」
「浜田はん、それはそうやけどあんまり声を大きゅうしたらあかんで」
「失礼しました」
「いやそう思うのはしゃあないけどな、ここは御所と目と鼻の先や。あんまりそんなこというたら矢が飛んでくるで」
そうなれば四条様にもご迷惑をおかけしてしまいかねぬな。
「あい申し訳御座いませぬ」
京は本当に息が詰まるようだ。早く殿が京に軍を率いて来てくれぬだろうか。
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