第三百四十八話 大崎と葛西の間で

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 秋祭りも終わってぐっと冷え込んできた。そろそろ冬支度をと思っていたのだが、困ったことが起きた。


「皆に集まってもらったのは他でもない。来年にも探題と葛西が戦をするようだ」


 書院に皆のどよめきが広がる。


「そうなりますと当家は葛西様のお味方をすることになるのでしょうか」


「常ならばそうなのだが、此度は探題からも援軍をもとめられてな」


 葛西は雪の縁で繋がっているので、何もなければ葛西の支援をして然るべきだが、今回は探題からも正式に援軍要請が来たからな。伊達が内乱の後始末で動揺していることも有って当家にお鉢が回ってきたのだろう。


「それは参りましたな。葛西様に付けば探題から睨まれる。探題に付けば葛西様を裏切ったものと謗られますな」


 来内茂左衛門が指摘する。幕府の権威も傾いたこの時代に探題自体はいまさらどうでもいいのだけど、あまり攻めると伊達と直接接することになるかもしれない。稙宗を潰したとはいえ強大な伊達とにらみ合うのは、もうしばらく待ってほしいところ。かと言ってここで不義理をして大崎や伊達が伸長しても困るんだよな。


 引き分けになった場合は無駄に戦力、というか国力を浪費するだけなので兵を出すにしても長期間の対陣はしたくないな。


「兵を出さずに済ますというのはまず無理だろう。縦しんばそうしたとすれば不義理者として葛西と探題に攻められよう」


 父上が指摘する。そうだろうな。


「太郎よ、貴様はどう考えている」


「私の意見を述べては闊達な議論になりませぬが、まあそうですね、義理を果たすために葛西への援軍を出すべきだと考えております」


「そうだな。義理を果たさぬと思われれば信用がなくなろうからな」


「そういうことでございます」


 不義理を働く家だと思われては今後色々とやりにくくなるし、父上の言うように適当に切り上げた両家から攻められるかも知れない。


「では葛西に援軍を出そうと思うが、誰ぞ異見のあるものはあるか?」


「異議なぁし」


 皆、異口同音に賛意を示す。


「殿、異議ではございませぬが一つ伺ってもよろしいでしょうか」


 大槌十勝守が手を上げて身を乗り出す。


「なんだ」


「いえ、細かい内容で申し訳有りませぬが、兵や大砲などを運ぶのに船をお使いになりますか?」


「確かに重量物の大砲を運ぶのには良いのだが、こちらが相対すると為れば北から大崎に圧力を駆ける形になろうから、使うとすれば川船だろうから海軍の出番はあまりなかろう」


「承知いたしました」


「他になにかあるか?」


「兵はどの程度になりましょうか」


 来内新兵衛が聞いてくる。


「二千の予定だ」


「二千ですか」


「五百は蝦夷の守りに必要だからな」


 未だ姿をくらましている蠣崎若狭守がアイヌを扇動して攻め寄せてくるかもしれぬからいくらか割いておかねばなるまい。


「ちっ蠣崎めうまく逃げやがって」


「仕方あるまい。十勝と蠣崎の地を得ているとは言え、それ以外の土地勘が無い。それに急いでいるわけでもないからゆるゆるとやれば良いし、今回の戦に乗じて兵を興すやもしれん」


「そうすれば兵を退く名分が立ちますね」


 毒沢次郎郷政が合いの手を入れる。


「そういうことだ。それに夷人に対して大義名分が立つかは分からぬが、蝦夷ヶ島はなるべく早く得たい」


 現時点で我々の益にならない戦なんぞするよりかは益の大きな蝦夷地制圧のほうがよほど良い。


「ところで殿よ、蠣崎が兵を興さずとも安東が兵を挙げるかもしれぬぞ?」


 守綱叔父上が指摘してくる。


「はい。それも考えております。もしかしたら蠣崎と安東が隠密に連絡を取って兵を挙げるやもしれませぬ」


 当家に余裕がないと思わせれば兵を出すかもしれんな。来るとすれば鹿角に来るか、戸沢の仙北に来るか。


「何にせよ此度の戦を好機ととらえてうごめく奴らもいよう。各々油断せぬようにな。十勝守は蝦夷からの船を見張ってくれ」


「は、もし安東と蠣崎が連絡しているようでしたら如何しましょう」


「無理の無い範囲で捕まえてくれ」


 あまり厳しくやると、警戒されて挙兵してくれぬかもしれんからな。



「ふぅ、やれやれ」


「お疲れ様」


 自室に戻ると雪が白湯を入れてくれる。


「ありがとう」


「寒いからストーブに火を入れたのよ」


 パチパチとだるまストーブから暖かい音が聞こえてくる。


「冬もすぐそこだな。沢内なんぞはもう雪が降り始めて難渋しているといっておったな」


「奥羽山脈の真ん中だもんね。沢内さんと言えばスキーはどうなっているのかしら?」


「橇自体は便利に使っているようだ。スキーはいろいろ試しているところだそうだ」


 結局慣れたかんじきが便利ということでスキー自体はあまり好んでいないようだが、下りや平地ならスキーのほうが速いと思うし、近代軍でスキー技術は必須なので要は使い分けなんだろう。


「板ができたら私も滑りたいわ」


「そういえばスキーやってたんだっけ?」


「ええ。子供の頃からね」


「そっか、でも転生してるから体が覚えてないんじゃないか?」


「それは、そうね。まあそれは仕方ないけど、冬の間じっとしてるのも飽きちゃったから」


 雪が降り始めると皆、外出は必要最低限になって家に閉じこもるようになるからな。そこに高性能な防寒具とスキーが加われば活動の幅も増えるだろうから、スキー板ができればスキー大会でもやりましょうかね。

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