第三百四十七話 干鰯は作りません

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 今年も無事収穫を終えた。糠部郡、北郡、津軽三郡に蝦夷地の開墾も始まったが、始まったばっかりなのでそのあたりの収量は変わりが無い。一方で和賀郡、稗貫郡の荒田の再開発がすすんでこちらは合わせて二千石ほど収穫が増えた。遠野郷でも一千石ほど増えた。


「殿、祭りには行かないの?」


 そんなことを考えていると城下から囃子の音が聞こえてきて、雪が問いかけてくる。


「行きたいが、俺が行くと皆が困るのでな」


 お膝元で顔見知りの仲だが、だからといっておいそれと出て行っては護衛やらなんやらで皆の迷惑になりかねんからな。


「大きくなった弊害ね」


「喜ぶべきか哀しむべきか」


 阿曽沼家として考えれば大身になったことは喜ばしいが、俺個人としては自由が制限されて哀しいもんだ。狙われる身だから仕方がないが。


「かわりに郷政に色々見聞してもらっているさ」


 しばらくすると郷政が顔を出す。


「殿、只今戻りましてございます」


「ご苦労。祭りはどうであった」


「は、今年も豊作でしたので民は皆喜んでおりました。今年は神楽や鹿子踊などがいつになくたくさんあり賑やかですな」


「それは重畳。して土産はなにか?」


 そういうと背負子を下ろして色々と取り出していく。そのなかに新鮮な魚介がでてくる。


「殿となるとなかなか食べないかもしれませんが、大槌から質のいい鰯がたくさん運ばれておりました」


「鰯か。俺も好きなんだがな、そんな魚をわざわざ食べなくてもいいだろうと出してくれなくてな……」


「厨房をお借りしても?」


「どうするのだ?」


「なめろうとフライを作ってきます」


「おお!頼んだ!来内らはどうした?」


「あいつらは祭りの警邏に行ってます。こうも人が集まったら場が荒れますんで」


 そう言って郷政が厨房へと出ていく。


「鰯か。大量にとれれば食糧事情が改善するな」


「鰯といえば殿は干鰯はつくらないの?」


「ほしか……?あっ!あーーーー!忘れてたぁ!」


 なんてことだ!貴重な肥料を忘れているなんて!しかも魚油を絞って魚粉にすれば良好な配合飼料なんかにもなるってのに!


「もう!大きな声出さないでよ。それで干鰯を作るあてはあるの?」


「干鰯自体を作る気はないんだよね」


「え?なんで?」


「単純に肥料にするんじゃなくて魚油を取りたいんだ」


「魚油って言っても新鮮なやつを新鮮なうちに処理しないと臭いわよ?ちゃんと処理したやつならマーガリンやショートニングにもできるけど……」


「マーガリンって魚油から作ってたのか」


「ほとんどは植物油脂ね。一部のDHAとかEPAがどうたらとかとかいうやつ」


「なるほどなぁ。いやしかしそうなると明かりだけでなく、栄養補給にも使えるか」


「匂いを気にしなければね」


「さっき言っていた新鮮なやつじゃないとってのは?」


「魚油は結構すぐに酸化しちゃうのよ。食用にしないならどうとでもなるでしょうけど」


 食用にはなりにくいけど灯り用の油にはなるか。電気が出来るにはまだまだかかりそうだしとりあえず行灯用にするか。


「さてそうなるとどこで魚油を作らせるか」


「三陸ならどこでもたくさん取れるから悩む必要ないと思うけど?」


「んー人と土地に余裕があるかだね」


 釜石は鉄、大槌は湊、山田は帆布と造船、製紙は宮古あたりに置きたいから八戸かな。


「ねぇ、久慈さんところはだめなの?」


「久慈か……。利益を分けたほうが良いだろうし、そうするか」



書院


「というわけで祭りのさなかに来てもらってすまぬな、久慈備前」


「いえ、阿曽沼様の命であればいつでも飛んで駆けつける次第でございます」


「せっかくだから飯にしよう。次郎が作ってきた鰯の揚げ物となめろうという鰯をよく刻んだものだ」


「パン粉がなかったので小麦粉を付けて揚げただけですが如何でしょうか」


 サクッと音を立てて頬張る。


「大葉とあわせたか」


「臭みが減るかと思いまして」


「これは美味いですね。鰯のようなくさみの強い魚でも食べやすうございます」


 これでウスターソースがあれば完璧だったな。


「なあ雪」


「難しいけど、そのうち作ってあげるわ」


「助かる」


 持つべきものは奥さんだな。久慈備前ももしゃもしゃイワシのフライとなめろうを山盛りの飯とともに流し込んでいく。


「それで本題なのだが、久慈ではこの鰯はどれくらいとれる?」


「こんなものでしたらいくらでも」


「それは良かった。では久慈に頼みたいのだが」


「この鰯をたくさん取っても皆の口に入る前に傷んでしまいますが」


 青魚だもんな足が速いし、冷蔵保存もできないからそれは仕方ないな。


「欲しいのはこの魚から取る油だ」


「魚から油を取り出すのですか?」


「ああ、煮て絞ると油と湯が出てくるのでそれを分ければ油が取れるだろう」


「残った身はどうするのです?」


「干して粉にして、匂いの少ないものは食ってもいいし牛馬にやっても良い。余ったものや匂いのきついものは堆肥にしてしまえば良い」


 糞と一緒に堆肥工場に放り込めばより硝石製造が進むだろう。硝石も取れて肥料も増える。万々歳だ。


「牛馬に魚をやるのですか?」


「ああそうだ。そうすると牛馬もより大きくなりやすいと稲荷大明神から伺っている」


 いわゆる配合飼料だな。たしか前世でも魚粉はかなり重要だったはず。


「なるほど。となると当家の実入りも改善しそうですな。ではその様に致しましょう」


「釜などの詳しい仕様は工部大輔と相談して後ほど送る。場所の選定はそちらで決めよ」


「ははっ。では某は父に報せを遣りまする」


 これで農業生産量が増えれば抱えられる人口も増えて良いこと尽くめだな。久慈の砂鉄も必要だが砂鉄精錬するための炉まで手が回らんので、とりあえずこれでお茶を濁すとしよう。

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