第三百四十五話 兵学校が始まっています
遠野兵学校 阿曽沼遠野太郎親郷
兵学校は全寮制だ。親元から引きはがすことで親の思想ではなく阿曽沼の思想を植え付けることができる。それに集団生活によって個ではなく集団への所属意識を高めさせる。
さてまずは集団行動ができなくてはならないので、小学校でも一応やっていた行進訓練から開始している。兵学校なのでてっきり弓や槍に剣術と思っていたようだけど、もちろんそれらもやるのだがまずは基礎的なところから。
行進訓練がしっかりできたらそこからは定期的に行進訓練を行いつつ、各種武器の修練だ。といっても武家の子ならだいたいみんなやってるだろうけど、素人の子もいるからね。
「皆の様子は如何でしょうか」
兵学校の校長を務めてもらっている守綱叔父上に様子を伺う。
「殿か。うむ、まあまあじゃないかな。しかしこの行進というのはいまいちよくわからんな。それに皆ができるまで繰り返すというのも」
「動きに乱れのない精兵と各々バラバラな雑兵とどちらが精強かと言われれば自ずと明らかでしょう。それに皆ができるまで、とやることで各々勝手にではなく連帯することの大事さを文字通り骨身に叩き込ませようと思っております」
「連帯か、そんなものは無くとも個の力が秀でておればなんとかなるであろう?」
「仰るとおり、叔父上らであればそれも能うでしょう。しかしこれからはますます足軽が戦において重要になります。つまり数が物を言う戦ですね。こうなると個の力ではどうしようもなくなってまいります」
個の能力の底上げはもちろん重要だ。しかし個の能力には限界がある。その限界を超える数と戦うには個ではなく部隊全体の力が必要になる。それもなるべく均質化された能力だ。どこに誰を配置しようと大体同じ戦果を上げることができればよい。まあそれでも時折才に秀でた者が現れるだろう。そいつはもっと引き上げてやればいい。
「一騎当千の強者たる儂が何人でも居ればどうということはないが」
造作も無いと言った感じで守綱叔父上が言う。自信たっぷりだし、それだけの実力があるのは間違いないけどね。
「確かに、叔父上でしたら一騎当千の働きをしてくださいますでしょう。しかし、皆が皆叔父上のようには成れるわけでは有りませぬ。それに叔父上に並び立つものであれば槍働きよりも将として軍を動かしていただきたいです」
そんな貴重な人材を前線で磨り潰せるはずがない。
「あっはっはっは!確かにな!しかしだ、槍働きに長けたておっても将として長けているかはまた別ではあるな」
「ですので、そういう者でもせめて凡将と成れるよう鍛えるのです」
「それで、兵学校で優秀なやつを儂や守儀、あるいは十勝守につけるというのだな」
「はい。優秀な将に成るなら優秀な将に付いて学ぶのが最も良いでしょうから」
将来的には参謀も付けられるように為ればより安定するだろう。まあ独断専行が過ぎないように教育しなきゃならないから難しい。このあたりは血で書いていくしか無いのだろうな。
海軍は実質十勝守しかいないから仕方がない。あいつの補助に成る人間を急いで養成しなきゃいけないが、海軍の勝手はわからないから十勝守に任すしか無い。
行進が終わったところを見計らって声をかける。
「皆励んでいるようで何より。面をあげよ」
ゆっくりと顔をあげればそこには行進ばかりで不満です。と書かれている。
「皆そうくさくさするな。今日はな、皆に兵法書を写本してほしくてな」
兵法書と聞いて半分くらいが目を輝かせる。
「いずれ木版刷りをしようとは思うが、間に合っておらん。それに写本をすることで自ずと頭にも残りやすくなろう。これは俺が作った写しであるがこれを貸そう」
「はは!ありがとうございます!」
「それとだ、これからの戦はこの遠野から遠く離れたところが主となる」
突然どうしたという顔だ。
「これからは今まで以上に輜重、いや補給と言おう。戦で使うものを十分補うことが勝敗を分けうると言っても過言ではなくなろう」
「殿!お聞きしても良いでしょうか?」
「良いぞ。なんだ?」
「それこそ殿が禁じられた乱妨を働けば良いのではないでしょうか」
当然ある疑問だな。奪えば補給できるだろうという。
「確かに奪えばある程度補うことができる。しかしだ、まず鉄砲は奪えぬぞ?どこにもないのだからな」
あっ!という顔を見せてくれる。みんな素直だね。
「それに奪っている間に攻められたらどうするのだ?」
またしても驚いた顔をする。
「足軽らが食うために奪っているというのもあるが、それをさせぬために当家は足軽にも銭あるいは飯払いに切り替えた」
その上でも乱妨した者がいたので打首とした。
「最後に敵がわざとそういう状況にしており、例えば俵を持ち上げたところで矢が飛んでくる仕掛けなどあったらどうするのだ?」
そういうブービートラップも作れるわけだし、実際に使われていたかまではわからないけど、利用はしたいよね。
「た、確かに……」
まあそれでも落ちてるものを拾いたくなるのは人の性みたいなものだから仕方ないのだろうけど、できるだけそういう被害は減らしたいね。
「確かに殿の言う通りだな。今後の戦を考えれば輜重……いや補給が重要になってくるか」
「ええ、補給なくして戦は成り立たないのです。ですので将と成るためには前線での槍働きとともに、必ず補給に携えさせるつもりでございます」
尤も、補給部隊の規模をどれくらいにするかは難しいね。進出距離が伸びれば、あるいは部隊規模が大きくなればそれだけ補給部隊の規模も必要になるし。補給計画をいろいろ立てさせるのもいいかな。他家に漏れると大変なのでもちろん軍機になるわけなので保安局のものをいくらか付けとかなければ。
いまだ人馬で運ぶしか無いからなかなか大量輸送とはいかないか。せめて国境まで鉄道が引ければいいんだが。今頑張って敷設工事している比較的平らな遠野と土淵の試験線が完成を待つしか無いね。
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