第三百四十四話 即売会ができそうです

鍋倉城 阿曽沼雪


 殿が遠野郷の稲の具合を見て回っているそのころ、私は紗綾から二冊の草紙を渡されていた。その内一冊はなぜか十八禁マークが書かれている。


「紗綾、この十八に斜めの線が入っているのは何かしら?」


「それはですね、お子様お断りの印ですね。気がついたら書いていました」


 無意識に付けていたのね。絶対前世で作ってたんじゃないかな。


「中身を見るわよ?」


「はい!是非!」


 まずは十八禁マークのついて居ない方から。どこかのお姫様が若侍に恋い焦がれる様子が書かれている。


「ねぇ紗綾、この姫と若侍って?」


「はい、それはですね。身分の低い若侍とお姫様が惹かれ合うのですが、家格の違いに叶わぬ恋が儚く散るという悲恋物にしております」


 なるほど、たしかに姫様に見合う槍働きをしようと戦場をかける侍が傷つき斃れ、それを聞いた姫が悲しみのあまり体を壊してしまうという内容だ。


「ちょっとこれは子供には難しいかもね」


 読みやすい文章だったし、好きな人はいそうだから一般向けに出すのは悪くなさそうだけど。これを子供向けにってのは厳しそうね。


 次に十八禁マークが付いた草紙を手に取る。


「それはですね、絵草紙になっております!」


「へぇ絵草紙ね」


 漫画みたいなものかしらと思って開いてみると、たしかに漫画だ。コマ割りといい絵の感じと言い、前世の少女漫画を彷彿とさせる。やっぱり紗綾は転生してるよね。本人にその自覚は無いようだけど、いつか気付いたりするのかしら?


「ねえ、この絵草紙、若い侍と偉い殿様しかいないんだけど?」


 さらに読み進めていくと殿様に口説き落とされた若侍が昨晩はお楽しみでしたねって言う内容だ。しかも殿様がうちの殿に微妙に似ているし。


「うん、これは発禁だわ」


 これは退廃文化ね。うちの殿は衆道には興味はないはずだし、男に負けたとなったらなんとなく沽券に関わる気がする。


「そそそ、そんな!ひ、姫様、私のこの渾身の絵草紙のどこが良くなかったのでしょうか!?」


「全部よ、全部!なんで微妙に殿に似ているのよ!」


「そ、それは一番身近な殿様が手本にしやすかったので……」


 まったく。前世では絶対池袋とかに行ってたはずね。


「これ雪や何を大きな声を出されているのですか?おや、それは草紙ですか?」


 思ったより大きな声が出ていたようで、義母上様がたまたまおしゃべりに来ていた母様を連れて入ってきた。


「義母上様、母様、大きな声を出して申し訳有りません」


「まあ良いのですが、こちらは絵草紙?珍しいわねってあら、あらあらあら……」


 義母上様が顔を紅くさせて魅入っている。母様も興味が湧いたのか義母上様から受け取ると、こちらも耳まで紅くさせてきゃあきゃあ言っている。というか義母上様も母様も漫画読めてるのかしら?絵だけ見ての反応かしら。ていうか拒絶しないあたりそっちの才能がお有りだったのね。


「こ、このような世界が」


「これは貴方が描いたの?」


 義母上様が紗綾に優しく問いかける。


「はい、私が作りましてごさいます」


「また描いてくれるかしら?」


「はい大奥様!お任せください!」


 いけないわ!折角発禁にしようとしてたのに、このままでは腐海に沈んでしまうわ。


「それでお願いがあるのだけどね、次に絵草紙を作るときは……」


「ふむふむ……なるほどぉ、それは思いつきませんでした」


「ねぇ紗綾とやら、この登場人物の立ち位置を逆にはできないの?」


 母様がそう言うと紗綾と義母上様の動きが固まる。地雷ってやつかしら。


「はいはい、紗綾も義母上様も母様もそこまでにして頂戴」


 パンパンと手を叩いて荒れそうな場を収めると義母上様らは気まずそうに咳払いする。


「紗綾、こっちの悲恋物は悪くはないけど、もう少し楽しいお話もほしいわ。作ってくれないかしら?」


「あ、はい。もちろんです」


「ん、じゃあ義母上様、母様、お話はこれでお終いでしょうか」


「そ、そうね。ところで紗綾、私にも描き方を教えてくれないかしら」


「梢様、私も習いとうございます。そして出来上がったものを皆で持ち寄って読み合いをするとか如何でしょうか?」


「あら良いわね!じゃあ詳しい話は部屋に戻ってやりましょうか」


 義母上様と母様が楽しそうに部屋を出ていく。


「ひょっとしてコミケみたいなものができちゃうのかしら……」


「姫様、こみけ、ってのはなんですか?」


「声に出てたか。んーとね母様が言っていたように自分たちで作った草紙や絵草紙を売り買いする場、かな」


 行ったことはなかったから詳しくないのよね。行ってた友達に聞いたのはこんな感じだったはず。たまに読ませてもらってたけど、BLじゃないものなら。


「おほぉ~いいですねぇ。領内のいろんな方が作った草紙や絵草紙が持ち寄れれば楽しそうですね」


「それはそうね。ちょっと殿に相談してみるわ」


「はい!お願いします!」


 そういうことで政務を終えた殿に絵草紙のことは伏せつつ話しをしてみた。


「へぇ、これが紗綾の作った草紙か。ふむふむ……」


 紗綾の作った話を黙々と読んでいる。私もなにかお話作ってみようかしら。


「まあいいんじゃないか?俺はあんまり悲恋物を好まないけど、これこれでいいだろうし」


 殿は男の子だもんね冒険活劇とかのほうが良いのかも。


「それでこういう自作の草紙を持ち寄る会をやりたいとか母上が言っていたのか」


「殿はどう思うの?」


「良いんじゃないか?文化的な発展は国力の発展にもなるしね、コミケには参加したいけど俺がおいそれと顔を出すわけにはいかないか。しかしそうなると展示場が必要だな。……まてよ?確かビッグサイトはいろんな展示会、商談会が日々行われていたな……」


 殿も前世でコミケとか行っていたのかしら。


「草紙や絵草紙だけでなくいろんな物を持ち寄って展覧できるような施設ができれば産業の発展にもつながるだろう。いい案を教えてくれてありがとう。持つべきものは善き我が妻だ」


 ふん、全く殿は調子いいんだから。

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