永正九年(1512年)

第三百四十一話 清之の帰郷

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 年が明けて清之が久し振りに顔を出してくれた。


「殿はますます立派になられたようで、この爺は誇らしくございます」


「いやいやまだ未熟な若輩者だよ。それより清之こそ息災なようで何よりだ」


「そうね父様は、元気すぎてすこしお肥りのように見えますね?」


 雪が指摘するが、なるほど遠野に居た頃よりはふっくらしている気がする。


「これでも毎日剣と弓は欠かさず稽古しておるのだがなぁ」


「戦場を駆けるわけではないからな。しかし清之のお陰で若狭にも縁を得ることもできたし感謝しておるぞ」


「ありがたきお言葉でございます」


「これまで役職をやっていなかったが京家老を命ず」


 そして一振りの刀を清之に与える。


「貴様への謝意はこの程度ではないが、他の者の手前がある。許せ」


「過分な褒美にございますが、有り難く頂戴いたしまする」


 新しい刀を恭しく持ち上げ、刃を確かめる。


「これは素晴らしい湾れ刃(のたれば)でございますな」


「気に入ってくれたなら何よりだ」


 清之が大事に刀を納める。


「それで上方の情勢はどうなっている」


「は、夏頃に先の公方様がお隠れになりましてございます」


 それは聞いていたが遠国であるここでは大きな影響はなかったな。その後も細川高国と細川澄元の争いが続いているとも聞いている。


「六角の与力を得た公方方が優勢に戦をすすめまして、典厩家当主(細川政賢)が敗死され右京大夫(細川澄元)は阿波に落ち延びましてございます」


「京兆家はまだ阿波と播磨に影響力を持っておるだろうし、大内殿も上洛が随分と長くなったがそろそろ領国が心配になるであろう?」


「は、仰るとおりです。今のところなんとかなっているようですが、尼子や安芸武田などが蠢動しているとの噂もあります」


 安芸武田が安芸守護で有ることを除けばどんな家かしらない。尼子も大内と争っていたイメージだけど、この時代はそうでもなかったのだろうか。これから尼子が台頭して大内と争い、その隙を付いて毛利が台頭するって歴史になるのかな。となると謀神毛利元就がそろそろ現れてっていう時期か、同世代なのは厳しいがあちらは西国、こちらは東の最果てで相対することもないだろう。


「それに三好筑前守(三好之長)も淡路を狙っているとの噂を聞いております」


 自由に振る舞っているけど、三好之長は細川澄元から独立はしないのだろうかね。なんやかんや義理堅いのかな。


「淡路を押さえるとなれば西国の海運を掌握できるな」


 四国と本州を結ぶだけでなく上方と九州を結ぶ重要拠点だからあそこを抑えるというのは、陸で言えば濃尾を抑えるようなものか。


「とはいえ大内六郎(大内義興)が京にいる間は京兆家も三好も動けますまい」


「それもそうだし、ここは遠い陸奥国。影響が出ることもあるまい。ところで何人か遠野学校の卒業生の中でも作法が確りしているものを二人ほどそなたにつける。また忙しく働いてもらうことになるが頼む」


「この爺、殿のためであれば喜んで身を粉にいたしましょう」


「ふふふ、俺はいい爺に巡り会えたようだな。頼む」


 無理を言って申し訳ないとも思う。



 清之が退室し雪と二人になる。


「雪は清之と一緒に居なくて良いのか?」


「元気そうな顔をみたら満足しちゃったわ」


 そんなものかな。


「それよりすっかり忘れてたんだけど、そろそろ毛利元就が台頭してくるはずよ」


「やっぱりそうか」


「ええ、史実通りなら去年元服して多治比元就ってなっているはずよ」


 もう元服していたのか。ほんとに俺とほぼ同じ年代なんだな。


「初陣はたしか永正十四年だったかしら……」


「ともかくまだ初陣も果たしていなくて一国人でしかないということだな」


「そうね。でもあの謀神はちょっとやそっとじゃ倒せないわよ」


「まあ謀神以前に、伊達や最上を打ち破って、佐竹や古河公方、関東管領それに小田原の北条を攻略しなきゃどうにもならないから今考えてもしかたないさ」


 関東一円を手に入れて濃尾を得れば正攻法でも毛利を攻め落とせる。攻め落とせなければ寧ろ可怪しいくらいだ。


「今はしっかり国力を涵養するときだね」


「確かにそうね。東北有数の大名と言っても二十万石くらいでしかないものね」


 今で山城一国と同等かやや少ないくらい、って考えると効率悪いな。寒いから仕方がないけれど。


「頑張って開墾したり用水路、排水路の整備を進めているけどまだ反収一石半に届かないからね」


 それに今の用水ではこれ以上の灌漑が難しい。


「灌漑用の池……ダムがほしいな」


「ダムは興味ないからわかんないけど、あんまり遠いと工事が大変になるんじゃない?」


「そうなんだよね。それにちゃんとしたのを作るには測量と地図の作成が不可欠だから、白岩で測量を行った奴らを中心に測量部を今年創るんだ」


「大変ね。地図と言えば伊能忠敬が十年以上もかけて日本中を測量して回ったのが有名ね」


「うん、まあこっちは完全な国家事業で個人一人ではなく何組も作って測量、測地、作図をしてもらうさ」


 まずは地球の半径からだ。俺や雪などの転生組は知っているが、それを出すわけにはいかないからな。小菊の協力をと思ったけど、お腹が大きくなってきたので大宮様にお願いしている。大宮様もこの地球の大きさに興味があるようで快く引き受けてくれたのは幸いだ。


「それで地図は機密になるので情報院を作ってそこに所属させる」


「なるほどね。それで情報院ってことは保安局も入るの?」


「ああ、まあ保安局を発展させたようなものだね。その情報院もそのうち内務省にするつもりだけどね。そういうことで左近いるなら入って来い」


 障子が開いて左近が入ってくる。


「聴いての通りだ。まあ左近の保安局自体は残るし、保安頭は今のところ変える予定はない。地図を以前作ってくれたあれは助かった」


 距離は当てにならない、覚書のような地図だったけどあるのは助かったな。


「ありがたきお言葉でございます」


「褒美は取らせたと思うが足りたか?」


「もちろんでございます」


「なら良い。ところであの地図を作ったものを一人二人でいいので測量部に回してくれぬか」


「御意に。それと監視役を何人か回しましょう」


「頼む」


 これまでにない詳細な地図を漏洩されてはまずい。少なくとも日本全国が平定されるまではな。

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