第三百四十話 羊が来ました
鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷
冷たい北風が吹き始めたころに十勝守が帰着した。
「ご苦労だった。で、どうであった」
「は、まずまずの成果かと。殿が所望された全てではありませんが、あちらの馬と羊を連れてくることができました」
「おお!羊が手に入ったか!これは助かる」
「のう太郎よ羊とかいう獣はそんなにいいものなのか?」
父上が聞いてくる。
「ええ、羅紗などに使われたり、防寒具としても有用なものです」
セーターとかはもちろん、毛糸で靴下とか意外と夏でも冬でも快適だからな。登山用はウールの靴下が多かったと思うし。クッション性も良くなるから足の負担を軽減できて長距離行軍にもいいだろう。
何より敷布団が羊毛でぬくぬくになるのがいい。羽毛より大量に得られるし主力にはもってこいだろう。
「そうなのか。それでどこで育てるのだ?」
「それですが、北郡の三本木原と蝦夷地の釧路や根室あたりはどうかと」
三本木原は水の便も悪いし、寒いくて米もできないし、麦を育て始めはしたもののうまくいっていないようだからな。釧路は寒すぎ、霧も多すぎで米はもちろんできないし、前世でも牧畜主体だったから牛、馬、羊の供給地として整備するのも悪くなかろう。
「それと臭みはあるそうですが、五畜には含まれませぬので肉を食っても穢れになりませぬ」
たれも作ってジンギスカンもできるかな。
「羊はかの蒙古の大帝、ジンギスカンも食べていたそうですのでそれにあやかれば日ノ本を統べることもできるかと」
「ほぅ、そんな謂れもあるのか。ならば羊肉とやらも食ってみるか」
父上らも少し興味を持ったようだ。実際に出すときは味噌漬けにして出そうかね。
「それ以外はどうだった」
脇にそれた話を戻す。
「はい、こちらの酒は受け入れがようございました。戦も多いのか刀や甲冑も喜ばれましてございます」
向こうも戦ばかりか、どこもそんなもんなんだろうな。
「ただ一番喜ばれましたのが味噌と醤油でございますな」
「そうなのか?意外だな」
あんまり大陸の人らは味噌醤油を好まないイメージだったがそうでもないのかな。北の方だからかな。
「随分と高く買っていただきまして、このような銀もいくらか寄越してきました」
長方形だったり馬の蹄のようなものだったり様々な形の銀が並べられる。
「明ではこんな銀で商いをしておるのか」
銀が決済通貨だってのは知ってたけど、実物を見るのは初めてだ。
「ふむ、これほどあると言うことはやはり大きな街だったのか?」
「あーいえ、それがですね、小さな漁村が一つあるくらいでした。たしかにかつては城があったそうですが、その地の長老の親の頃になくなってしまったそうです」
「そうなのか……まあそれでもこうやって商いができるのであれば構わぬがな」
「朝鮮にも足を伸ばそうかとしましたが、長老からやめておけと言われたのと、すぐに海が荒れるので日にちに余裕がありませんでしたので行きませんでした」
朝鮮か、ほしいのは陶工くらいか。伊万里焼とか萩焼の元になったわけだから優秀な陶工もいたのだろうが、それ以上はあまりないかな。明と直接取引できる方が利益も大きいし。
「あとは海参威の近くに程よい無人の入り江があり、そこへの入植はしても良いとのことでしたが、こちらはいかが致しましょうか」
「しかし蝦夷の開拓もまだまだ掛かるからそこまで手を広げる余裕は……」
でもどうだろう、ここで沿海州を確保すると大陸の戦争に巻き込まれる可能性が増えて痛し痒しだけど、将来、清とかロシアへの牽制に使えるかもしれないか。当家が直接統治するよりは臣従した家を適当に送り込んで統治させる方がいいかもしれんな。まあそれも先の話だな。
「紙屋あたりが上方のあぶれ者を使って開拓させるようです」
「ほぅ、それなら良いか」
紙屋をあの辺りの責任者にするのもありだろう。
「春になればまた船を出そうかと思います」
「わかった。そのあたりは任せる」
北海道に加えて沿海州の確保か、世界史まで変わりそうだな。
◇
今年は遠野学校の卒業式を十二月半ばに実施できた。このあと年明けに入学式や始業式になるわけで、やはりこれくらい間隔が開いている方がやりやすいかな。
「今年の後期課程の卒業生はほとんどが兵学校に行くそうや」
大宮様がそのように言う。
「ほとんど武家のものなのと学費を取らないことから希望者が多く」
兵学校は少ないながらも銭が出るので貧乏なものほど行きたがっているんだよな。兵学を学んでもらうのと同時にある程度の教養を身に着けさせるつもりだ。礼儀作法ができずに舐められるわけにはいかないからな。
「師範を育てるって言ってはったのはどないなったんや?」
「中等学校でやろうかと思いまして」
師範学校も考えたがしごきとかの問題もあったようだから前世のごとく総合教育のなかに師範過程を加える形にしたい。師範過程に進む場合は学費免除とする予定だが今年は兵学校の建設で手一杯だったので早くても来年以降かな。
「さよか。そしたらそれにふさわしい書を作ったらなな」
大宮様はそう息巻いて雪の散る中を邸へと帰っていった。
「来年は戦がなければ民政に尽力できて良いのだがなぁ」
そうつぶやくと、遠野先端技術研究所で煙があがる。報告では蒸気暖房の土管が破裂したとかで何人か怪我をしたと弥太郎の遣いが伝えてきた。
「土管だけに結露でどかんと行ったか」
「殿、寒すぎるんだけど」
雪の呆れたようなツッコミはきっと年末の寒さのせいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます