第三百三十九話 前世のウラジオストクに来ました
ナホトカ湾 大槌十勝守得守
この時代に少なくとも定住している人が居なかったのは残念だったな。誰かいれば食料とかこの先の案内とかお願いしたかったのだが仕方が無い。
「葛屋、紙屋、どうする。もう少しこのあたりの探索をするか?」
「それも魅力的ですが、殿が仰られたぬるがんとしとやらに行ってみたく存じます」
「この紙屋もそう思います。何れここにも人を送り込みたいとは思いますがまずは先に進むべきかと存じます」
まあそうだな。ここへの入植をするかどうかは今は関係ないしな。
「では水の補給ができ次第出航するぞ!」
前世でいうウラジオストクとは目の鼻の先ではあるが補給できるときに補給しておかないとな。
「カシラ!船を出します!」
「おう、湾を出たら西に進路を取れ。岩場には気をつけろよ」
「合点!」
湾を出るとアスコリド島を目印に進路を取りゆっくりと船を進める。どんなやつが居るか分からんから慎重にな。アスコリド島を過ぎるとルースキー島が正面に向くように舵を取る。
「あの正面の陸が殿の仰っててぬるがんなんとかってやつですかい?」
「さあな。そもそもそんな城があるかどうかも分からん」
あれば御の字。無くて当然と言ったところ。村の一つでもあればそこを交易の拠点にはできるだろう。
ルースキー島に近づくと海峡が見えてくる。
「よしそこに入っていけ」
前世で東ボスポラス海峡とよばれた海峡に入ると、すぐ右側に入り江が見えてくる。金角湾だな。たしかコンスタンティノープルの金角湾に似てるからということで名付けられたんだったな。
金角湾に進入しすこしすると村が見えてくる。
「人が住んでいたか。これは助かるな」
さて交渉などはできるだろうか。我らの船に村人たちの視線が集まっているようだ。
「カシラ、ここは待ちですかね?」
「ああ、こちらからは手を出すな。ただしいつでも斬りかかれるようにはしておけ」
「へい。者共いいな!」
いきなり撃ってくる先住民なんかも居るのだろうけど、ここはどうだろうなと考えていると何艘かの小舟が集まってきてなにか叫んでいる。はしごを下ろしてみると一人の漁師っぽい中年が数人引き連れて上がってきた。
「むにゃにゃむあるるるる」
「何を言ってるか分からんな。漢語なら通じるか?」
ここには通商を求めてやってきた日本の阿曽沼という者だとかいて見せる。なんとか意味は通じたようで、通商ならなぜ広州に行かないと返答される。
尤もだが、ここは当家から近い場所なので来やすいし、ここで商いできるなら大変助かる旨を伝える。
少し腕を組んで考えていた中年の漁師はとりあえず歓迎するから陸に上がるよう書き寄越す。
「どうやら歓迎してくれるようだ」
「いやあどうなるかと思いましたが、どうにかなるもんですね」
手旗信号で僚船の釜石に半舷上陸することを伝える。併せて贈り物も卸すように指示を出す。
「では葛屋に紙屋よ、いくぞ」
「へい!」
「商いができるとよいですなぁ」
全くだ。殿の欲する珍しい草木や家畜が手に入れば良いのだがな。カッコに乗り、岸に上がると長老と思しき立派なひげの爺さんに迎えられ、そのまま少し大きな家に案内されていく。
「口に合えば良いのですが、我らが作った酒です」
ビールの樽とワインの樽を長老の前におき、他に刀や甲冑なども並べていく。珍しい酒に刀や甲冑に興味津々といったところでつかみは悪くなさそうである。
もてなしの料理はタラやニシンを中心に並ぶ。
「おお、こちらも似たような魚であるな」
味付けは醤油も味噌もないので至ってシンプルだ。仕方がないので船に醤油と味噌を取りに行かせてこれを渡すと喜んで食べ始める。酒よりも醤油や味噌のほうがよほど商売になりそうだ。
気を良くした彼らに色々筆談で聞いてみると、たしかにかつてここに明の城があったそうだが、かなり昔に明は兵を引き上げてしまい、今は海参威という名で呼ばれているそうだ。このへんぴな場所ではあるがそれでも年に数回は明まで行って商売をするのだとか。
「直接明と交易できぬのは残念だが、足がかりにはなるかもしれないな」
「そうですな。しかしこれはこれで良い商売にはなりそうではあります」
とりあえず葛屋はそんなに悲観的ではないし、紙屋も悪くなさそうな感想を述べている。
さらに長老からここ近年はこの村も戦乱に巻き込まれつつあるというので、当家と交易し今回のような甲冑や刀が手に入ると助かるとも書かれる。
「ふむ、であればこちらから何人か人を置いて行くか。葛屋に紙屋、そなたらも誰か置いていけるものが居るなら残して行ってはどうだ」
「そうですな。この地の言葉が分かれば商いもやりやすくなりましょうし」
「この紙屋も葛屋さんに同意でございます。また、ここに来る途中に立ち寄りましたあの入り江にも人を送り込みたいのですが……」
「ではそのあたりも聞いてみよう」
ということで人を置くことと、この村の東側にある土地に我らの村を作ってもいいか問うと、歓迎してくれたし、何なら遣いを送りたいとも言ってきた。それと土地はいくらでもあるので入植は好きにしたら良いとのことだ。
さらにこの地の馬や牛、その他の家畜を譲ってもらえないかと言ってみるとこれも快諾し、馬と羊をそれぞれつがいで数頭手配してくれるとのことだ。かなり条件が良いのは結構危うい情勢なのかもしれないし、こちらの品を高く評価してくれたのかもしれない。残念ながらこの地では耕作をしていないようで作物の種などは得られなかったことくらいだろうか。
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