第三百三十八話 ナホトカ湾に到達しました

大槌城 阿曽沼遠野太郎親郷


「では行って参ります」


「うむ、気をつけてな」


 台風の時期なんで来年にしたらどうだと言ってみたが、十勝守はこの時期を逃すと風の関係で来年の梅雨明けまでいけなくなるというのでちょっと危険だが出発になった。

 数打ちの刀や槍、弓、甲冑やぶどう酒、麻布などを積んであとは十三湊で水の補給をしたら一気に日本海を渡るのだそうだ。もし交易ができそうなら書物と絹、木綿、錫、鉛そして羊、豚、牛、馬、もし万が一手に入ったら織機を持って帰ってもらうよう依頼する。


 二隻の船出を見送ると続いて大槌の機織り場に工部大輔を連れて向かう。以前地機をすこし改良したと言うので見に行くわけだ。


「どんな改良をされたんだろな」


「興味が湧きますな」


 かっちゃんかっちゃんと小気味よい音が聞こえてくる。


「ごめん、邪魔するぞ」


 突然現れた俺たちに工場の者らの手が止まる。


「すまぬな。少し今の地機を見せてほしくてな。工部大輔、頼んだ」


 言う前に工部大輔は織機をいじり始める。


「なるほどなるほど、これは飛杼か?いや手に持って進ませているな、ふむふむ。すまないが少し織ってみてくれないか」


 工部大輔が顔を近づけてある工女に声をかける。なんだかよくわからないけどもとつぶやきながら二回ほど筬(おさ)と杼を動かすと更に工部大輔がもう少し、もう少しと促す。


「なるほどな。ふむ、俺も使わせてもらってもいいか?」


「アッハイ」


「これを動かして、この糸が巻かれた杼を左右に動かせば良いのだな」


「そうです」


 工部大輔が為れぬ手付きで数度織機を動かす。


「ふむなるほど。でこの杼だったか、こいつをもう少し改良できそうだな」


「まだ良くなるんですか?」


「ああ。ちょっと持ち帰ってになるがな」


「なにか思いついたか」


「まだなんとも、西陣にあるという新しい織り機がほしいですな」


「西陣も商売敵になりうる我らにおいそれと渡しはせんだろう。十勝守らが持ち帰ってくれればいいのだがな」


 西陣に空引機というものがあるそうだが、よくわからない。こういう機械も勉強しておけばよかったな。にしても紙に続いて布が量産できるようになれば日本中、いや明の銀も軒並み掻っ攫えるのではなかろうか。夢は広がるが、より一層狙われるかもしれないな。糸の増産もしなきゃいけないから麻畑もっと増やして紡績をなんとか機械化しなきゃならないけれど。



津軽沖 大槌十勝守得守


 十三湊で水と食料を補給し西に進路を取って進む。台風に遭遇しないか心配したが比較的順調に風をうけてまずまずの航海だ。


「おお、結構揺れますがやはり速いですな」


「たしかに。この阿曽沼様の船は速い上に風上にも行けるのですな」


 久しぶりに乗る葛屋も初めて乗る紙屋も満悦といったところだ。


「十勝守様、この船はやはり売っていただけないでしょうか」


「もう少ししたら売ることもあるだろうが、葛屋も使っているあの船ではいかんのか?」


 弁財船でも内航は問題ないと思うんだがな。


「いやぁあちらの船も今我らが使っているモノよりは良い物なのだとは思いますが、この船に乗りますと……さすがにですね」


「なるほど、まあ気持ちは分かる。だがこの船は船の値段も高いし弁財船に較べて人も必要になる」


「人足に関しましては海賊もおりますので特には。それよりこちらの船は高いのですか?」


「ああ、あの弁財船が一石あたり銭二百五十文なのに対してこいつは一石あたり銭四百文だ」


 葛屋も紙屋も少し冷や汗を流す。


「となりますと、千石船となりますと四百貫文でございますか」


「そうなるな」


 竜骨に大木を要するのに加え、曲げ材を多用する関係でどうしても加工費が高くなる。板と梁を組み合わせて出来る和船はその点経済的だ。


「そうなりますと確かに私が今使っております弁財船で粗方片が付きそうでございますな」


 肩を落としながら葛屋がつぶやく。


「ちなみに蒸気船ですとどれくらいに……」


「そうだなぁ……蒸気機関が高く付くからいくらになるだろうな。なんにせよ最終的に値段を決めるのは俺ではなく殿だからなんとも言えぬな」


 蒸気機関の値段もこのスクーナーの値段も本当はあってないようなものではあるのだが、そこはそれ先行者なので値付けは自由だ。燃料の石炭なり木炭なりも必要になるんだからまあこの時代じゃ費用対効果が悪かろうなぁ。


「そ、そんな船を多数有しておられるとは……」


「それはまあ俺たちが作ったものてんこ盛りなだけだからなぁ」


 おかげで海戦では優位に立つことも可能だ。関船などの櫂船は小回りが効いて足も速いが乾舷はあまり高く出来ないし、大砲もあまり設置できないので防御面も火力面でも圧倒的に劣るから今後は廃れるかもしれないな。


 そして三日目の朝を迎えたところで声が上がる。


「カシラァ!乾の方角に陸が見えまぁす!」


 急いで四分儀で緯度を割り出すと北緯四十三度だ。結構流されたな。


「あれが大陸か。人の気配はあるかぁ!」


「どうやら無いようでぇす!」


「では陸伝いにもう少し西に向かおう」


「はは!」


 そして日が暮れる頃に漸く前世で寄港したことのある、ナホトカ湾にさしかかる。もう少しでウラジオストクに着くが今日はこのナホトカ湾で夜を明かそう。


「どうやらここは波よけに良さそうだ。この湾に入って休もう」


「あいよー!」


 三日ぶりの陸地に皆の気分も自然と高揚する。


「しかしどうやら人は住んでいないようですな」


「うむ、残念ではあるな」


 こんな無人の地でもあと四百年もすると重要な貿易港になるんだよな。


「ここはここで大木が多いですな」


 この時代なら北洋材も無尽蔵か。


「ここに人を送り込んでも良さそうですなぁ」


 紙屋がなかなか大胆な発言をする。まあ口減らしにはなるし、木材はほぼ無尽蔵だし悪くはないか。


「しかしこれでは商いにならんな」


 ウラジオストクまで行っても人が居るかどうか分からんなこれは。

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