第三百三十六話 大陸との交易の準備
鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷
「恙無く蠣崎討伐をなされたそうで、おめでとうございます」
葛屋や住友忠重ら商人連中が評定の間に集まり、それぞれ祝いの言葉をかけてくる。
「そこで蝦夷との交易を再開したいのですが」
「構わぬ。なお湊の整備のためいくらかの津料などを徴収しようとおもうがよいか」
蝦夷の産品を上方に売ってもうけたい。
「はあ、あまり高くなければもちろん構いませんが。ところで整備なさるのはどこの湊でございましょう?」
「大槌、八戸、油川、十三湊、箱館、十勝大津、それに釧路だ」
拠点港としてはこのあたりかな。直接岸壁に着けられるよう浚渫とか何やらの整備が必要だ。軍港として箱館か大湊、あるいは厚岸の開発もしたい。意外と北海道の日本海側って良港が余市と小樽くらいしかないし、そもそもまだ掌握もできてないし。
「なるほど。たしかに湊が整備できれば我々も助かります」
「中でも早めに取り掛かりたいのが十三湊だ」
後は釜石もだな。石炭の積み下ろしするのにいちいち艀を使うのでは非効率だし。
「我らとしましても十三湊が使えると為ればありがたく」
上方との交易も必要だがより重要かもしれないものもある。
「以前其方らに明に行けぬかと聞いたな」
集められた者たちはよくわからないという表情だ。
「十三湊からまっすぐ西に向かうと奴児干都司(ぬるがんとし:現ウラジオストク周辺)という明の城があったそうだ。今もあるかは分からぬがな」
以前あった拠点なら今も何かしら集落とかあるんじゃないかな。
「もしそこで明や朝鮮と商いができるとなれば」
商人たちが目の色を変える。
「博多や堺の奴らに気を使わなくても済むわけか」
「おいおい気が早いぞ。まだ交易ができると決まったわけではないのだぞ」
商人たちはすでに頭の中でそろばんを弾いているようで、かなり乗り気になってくれている。
「それで商いにはあの煙を吐く、蒸気船というのを使わせていただけるのでしょうか?」
「いや、あれは無理だな」
あからさまに肩を落とすがまだ駄目だ。そもそも向こうまで行けるかも分からないし燃料の積み込みも出来るか分からない。まあ帆走で帰ってきたらいいんだけど。
「今回は大槌型の帆船を二隻回すのでそれを使ってほしい。隊長は十勝守だ」
この話をしたとき、最初は弁財船で船団を組んでと思ったが、乾舷まで低い弁財船では転覆の恐れがあると十勝守からかなり懇願されたので大槌型スクーナーを転用する。二隻でというのは事故で一隻失ってもなんとかなるようにというところだな。
「は、では詳細は十勝守様に伺えば良いでしょうか」
「そうしてくれ」
持って行ってもらう品の支度は終えている。酒類に刀、それと硫黄に俵物くらいしかないが。
商人らが出て行って一人になると、先日の雪とのやり取りを思い出す。
「まあ元々打算的に近づいたってのはそりゃそうだ。こんな時代なんだからこの土地の有力者に取り入るなんて当たり前だよな」
そりゃこんな時代だし、この土地の有力者に取り入ろうと考えたとしても自然なことだな。俺としてもいい話相手が出来たと思っていたくらいだし。まあずいぶん積極的な子だなとは思ったけど。
「はぁ……」
少し考えたくて一人で過ごしているけど、こうモヤモヤするだけでよくないな。少し白星で駆けてくるか。そう思って腰を上げようとしたところで紗綾が入ってくる。
「紗綾ではないか。一体どうした」
「いやぁ殿が項垂れておられましたので。白湯ですがどうぞ」
「貰おう」
軽く喉を鳴らして白湯を飲む。
「すこし落ち着いたよ。ありがとう」
紗綾がニッコリと微笑む。
「それにしましても、殿ともあろう方でも項垂れるなんてことがあるのですね」
「何をいう。神童だの何だの言われては居るが俺とてただの人の子だぞ」
前世の記憶や知識が残っているだけだ。
「そうだったんですね。てっきり神仏の類かと思っておりました」
「そんなに良いものではないな」
苦笑いするしか無いな。
「姫様がなぜあんなことを仰ったのかは私にはわかりませんし途中はよく聞こえませんでしたが。まあ尊かったので問題、姫様には殿しか見えてないんですよね。羨ましい。だからこそ姫様の顔を曇らせるようなのは……曇った姫様もいいですわ。はぁはぁ」
大丈夫かこいつ。
「殿がいない間の姫様っていつも寂しそうなんですよね。私達の前では気張っておられますが、なんとなく声に寂しさが混じっているんですよね」
そうか。
「下女の身でこのようなことを申し上げるべきではないことは分かっておりますし、殿がお忙しいのも分かっておりますが、姫様のお気持ちもおわかりいただければと思います」
「……はぁ、全く持って格好がつかないな。夕飯は一緒にしようと伝えてくれ。」
「はい!姫様もお喜びになります!では失礼します」
そして残っている報告書に目を通して、少し気まずいけど雪と食事をとる。
「それで、よく考えたかしら?」
雪はいつも通りだな。
「ああ、よほどのことがなければ最前線に立たないさ」
もしかしたら攻め込まれるかもしれないから一応対応出来るようにしておかないと。
「それと将になる者を育てなくちゃね」
「鱒沢様とかにお願いするの?」
「それも考えてるけど、最終的には士官学校の設置とかも考えてる。それと戦国時代の部隊編成ってどんなのがあるんだ?」
「部隊……あぁ備ね」
「備?」
「ええ、鉄砲とか槍とか弓とか旗持ちもそうね。そういうの職種ごとに纏めて部隊を作ってたわね」
「それならすでにやってるな」
完全ではないけども諸兵科連合な部隊編成になっている。
「細かいことは紙にでも書きながらあとでお話ししましょ」
「そうしよう。ところでさ、俺がいないときは寂しさに袖をぬらしてたって本当?」
盛大に雪が咽せる。
「げほげほっ!そ、そんなわけないじゃない!一体誰にそんなこと吹き込まれたのよ!」
「いや、こないだ言ってたじゃ無いか。俺がいなくなるのが怖いって」
「そそそ、そんなのは言葉の綾よ!あっ、でも過小評価するのを許さないのは本当よ?そんなつまらない死に方したら地獄の果てまで追っていって折檻してやるんだから!」
「ほ、本当にされそうで怖いな……」
そして紗綾が元気よく入ってくる。
「菓子の膳をお持ちしました!殿と姫様がまた仲良くなっていただいたようでお仕えする身としましては嬉しく思います」
今回はこいつにも助けられたな。
「紗綾にもなにか褒美を取らせようと思うが、雪、かまわないか?」
問いかけに雪が首肯する。
「とは仰られましても、いま欲しいものは特に……!と、殿と姫様が接吻するところを見せていただければ!」
「え?そんなもので良いのか?」
「そんなものってなによ!ていうか人前でするものではないでしょ!」
雪が耳まで赤くして抗議するが、そっと近づいて顎を上げる。
「え、ちょっ!本当に……うむっ……もう……」
雪が袖で口元を隠して睨みつけてくる。かわいいなおい。
「はぁはぁあ、ありがとうございまひゅ!これで紗綾はあと十年は戦えます!」
「本当にこんなので良かったのか?」
「はい!それはもう!草紙の参考になりますので!」
「草紙?」
「はい!雪様からなにか草紙を書くように承りましたので!」
草紙ってなると小説みたいなものか。
「ちょっと紗綾!もしかしてこのこととかも書くつもりなの!?」
「流石にそのまま書くわけには行きませんのでご安心ください!」
何の安心なんだろうな。あんまり突っ込むのもやぶ蛇になりかねないと思い、雪と紗綾の掛け合いを肴に箸を進めた。
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