第三百三十四話 渡島の掌握

エラ(現松前町江良) 阿曽沼遠野太郎親郷


「さて夕刻になったが蠣崎若狭守は来なかったな」


「もしかしたら逃げ出したのかもしれませんね」


 毒沢次郎がカラカラと笑いながら言う。


「逃げてどうするんだ?ここは蝦夷だぞ」


 ろくに耕作もしていない土地では再起を図ろうにも人を増やせないだろうに。


「いくらでも土地がありますし、近くの夷人を頼って再起を目論んでいてもおかしくはないかと」


 簡単に騙される良くも悪くも純粋なアイヌなら受け入れてくれるかもしれんな。


「まあそんな冗談はさておき明日には城攻めだ。体を休めておけ」


 夜明けとともに進軍を始めるが、思った以上に抵抗がない。昼頃には大館の城下にたどり着く。少し遅れて守綱叔父上の別働隊が合流する。


「叔父上、ご無事で何より」


「うむ、貴様は左腕をやられたか」


「乱戦になったところ、流れ矢が刺さりました」


 吊るした左腕を自嘲しながら見せる。


「大した傷では無いようだな。それはそうとして蠣崎の本拠か」


 流石に蝦夷支配の本拠地であるからそれなりに立派な構えだ。


「その割には気配が薄いように思います」


 ここから見えるだけでも櫓などに人がほとんどいない。


「罠かもしれません」


「ふむ、しかし手を拱いているわけにも行くまい」


 そうなんだよな。


「一回、攻撃をかけてみましょう。棒火矢を射掛けます」


 大砲のような飛距離はないが場所を選ばず爆発して延焼作用もある棒火矢は使い勝手がいいね。矢の量産に手間がかかるのが欠点だが。


 そんなどうでもいいことを思いながら棒火矢を射掛ける。数カ所から火の手が上がるが消火はあまり急いでいない様子。


「人もいないが、士気も低いようですね」


「そのようだな。ここは一気呵成に責め立てるのが良かろう」


 矢と鉄砲で援護しつつ一方で塀にはしごを立てかけて乗り込み、他方で城門を即席の破城槌で叩く。一刻もしないうちに城門が開き兵らがなだれ込む。俺たちも周りの安全を確認し大館の本郭へと向かう。


「殿申し上げます!」


 保安局の者が報告に来る。


「なんだ」


「蠣崎若狭守はすでに逃亡した様子!」


「何だと!」


 大館を捨てて逃げたのか。それでこの士気の低さに納得がいく。


「そうか、城を捨てたか」


 どこかに落ち延びて再起を図るつもりか。


「将兵らに通達せよ。抵抗するものだけ殺せと。抵抗なき者への乱暴は赦さんとな」


「乱妨取りを禁じてもやるやつは居るだろう」


「其の者は後ほど斬りましょう」


 そんなやり取りをしていると河野加賀守の首が届けられる。


「こいつが守将か」


「そのようです」


「首を取ったのは?」


「は、私、小友右衛門次郎でございます」


 おっと叔父上の寵臣か。


「あっぱれである。鍋倉城に帰ったら褒美を取らすが、何か希望はあるか?」


「であればこの蝦夷をお任せ願いたく」


「ふむ、誰に任せるか悩んでいたがよかろう。まず蝦夷管領が治めていたこのあたりの統治を任せよう。そうだな扶桑略記に因んでこの地を渡島国とし、渡島守としよう」


「はは、おまかせ頂き有り難く!」


「しかしこの大館は土地が狭い」


 城と海の余裕がなく、湊は良港とは言い難い。


「はぁ、どこかいいところがあるでしょうか。殿が上陸されたエサシとかいうところでしょうか」


「そこも悪くないな。だがより良いところがある。宇須岸館、箱館とも言うようだがあそこはいい入り江だそうだ」


「しかしあそこは蠣崎らと争っていた蝦夷の者らの拠点では」


「そうなんだよなぁ。しかしあそこは蝦夷交易の拠点になるだろうから是非欲しいんだ」


 将来的に重要港湾になるわけだし、十勝大津と違って良い避難港にもなるだろう。


「分かりました。あとは蠣崎若狭守の件ですが」


「ああ、箱館の確保と併せて蝦夷の村に逃げ込んでいないか問い合わせ、見つかったなら差し出すように交渉してほしい。その際の使者は蠣崎新三郎にやらせる」


「逃げるかもしれませんよ?」


「ならしかたないし、匿う村は攻め落として良い」


「逆に襲ってくるかもしれませぬ」


「そうだな。そうなったら無理はせず一旦逃げろ。土地はまた取り返せばよいが、渡島守、貴様のような勇将を喪っては取り返しがつかぬからな」


 ちょっとカッコつけて言ってみたら小友右衛門次郎が感動している。


「はは!この小友右衛門次郎、必ずや殿のご期待にそいましてございます!」


 さて十勝と渡島を拠点に北海道全土を確保できれば夕張炭鉱に豊羽鉱山や鴻之舞鉱山、そして石狩油田、その他にも莫大な木材を手に入れられれば当面資源の不安は軽減する。石油は燃やすくらいしか今のところ使い道はないけれど。

 

「では蠣崎新三郎を連れてきてくれ。それと新三郎の正室と嫡男卯鶴丸もだ」


 しばらくして蠣崎新三郎とその正室である南に嫡男の卯鶴丸が連れてこられる。新三郎と正室は互いに安堵の表情を見せ、幼い卯鶴丸も新三郎を見て走り寄る。


「新三郎、そなたは当家に服従する気はあるか」


「……こうなっては致し方ありませぬ」


「ではまず最初の命令であるが、若狭守に降伏するよう、そして匿っている村には若狭守らを差し出すよう話をしてきてほしい」


「承知、いたしました」


「其方が戻ってくるまで、正室と嫡男は我が遠野で丁重に扱うことを約束しよう」


「有り難く」


 俺の言葉にギリリッと歯を食いしばりながら、唸るように返答する。


「期待している。支度ができ次第行け」


「はっ」


 短く返答し卯鶴丸の頭を撫で出ていった。


「では最後に、乱妨働きをしたものをここへ」


 縛られた数名の足軽が庭先に連れてこられる。


「貴様らなぜ乱妨働きをした」


「そ、そりゃあ奪っちゃいけないなんて誰も従わないでしょう」


「貴様ら以外は従っておるが?」


「そ、それは……!」


「他の者への示しでもある!成敗!」


 刀を振り、一人ずつ首を飛ばしていく。


「も、申し訳ありません!もう致しませんので!」


「愚か者が!すでにしたことを問題にしているのだ!」


 そして乱妨した者を全員処罰した。


「足軽共に再度通達しろ。乱妨は許さぬ、乱妨したなら死罪とすると」


 そういう蛮族ムーブはもうやめにしよう。月払いで俸禄やってるんだしな。

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