第三百三十三話 蠣崎の使者

勝山館 阿曽沼遠野太郎親郷


「貴様等初陣とは言え、そろいもそろってなんたる無様か!」


 勝山館に入るや毒沢次郎郷政が他の小姓等に怒鳴りつける。


「はっはっは!次郎それくらいにしてやれ。俺は無事なんだからさ。他の三人も次の戦いで期待しているが、気負いすぎて死に急ぐようなことはせんでくれよ」


「殿!そんな!」


「次郎、貴様も少し頭を冷やせ。忠義は有り難いが冷静でなければ正しく判断できぬぞ。それにこの傷は俺の慢心によるものだと思っておる」


 戒めとして刻んでおかねばな。最近勝ち戦が多かったからどこか気が緩んでいたのだろう。


「殿!ご無事ですか!」


 漸く落ち着いたと思ったら今度は十勝守が駆け込んできた。


「腕をやられたと聞きましたが!その左腕は!」


「はは、流れ矢にやられてな。なにすぐに治る」


 動かしてみせるとほっとした表情を見せる。


「左様ですか。それで蠣崎新三郎義広はどこに?」


「牢に入れておる」


「止めを差しておらぬのですか!?」


「ああ、このあたりの村落に顔が利くからな」


 実際この地にずっといたのなら新参の俺たちより話はつけやすかろう。まあこの地の統治者として生かしておくとアイヌの反乱が起きるかもしれないのでそこをどうするかという問題はあるが。


「この城の裏手にもアイヌの村があるし蠣崎の家臣らをまとめるのにも必要だ」


 十勝守はいささか釈然としないようだが、俺が左手首を斬り落としたと言うと少し溜飲を下げたようだ。


 翌朝、そろそろ木古内で上陸戦が開始されただろう頃合いに勝山館を出て大館へと向かう。予め送った斥候からは道中に敵影なしと報告はあったが注意しつつ海沿いを南下していく。


 夕方頃になりエラという場所に到達する。幕をはって休息していると蠣崎の遣いというものが訪ねてきた。


「若狭守殿は降伏すると」


「は、左様でございます。つきましてはその際に宴をと思っておりまして、大館にお越しいただけないものかと」


「良かろう、蠣崎若狭守の降伏を受け入れよう。しかし降伏すると言うなら若狭守が自ら城を出てこい」


「し、しかし!」


「明日一日ここで待っている故、若狭守自ら来るよう伝えられよ。話は以上だ」


 それだけいい床几から腰を浮かす。


「お、お待ちくだされ!」


「喧しい!」


 縋り付こうとする使者を次郎が蹴り飛ばす。


「我が殿の命を聞けぬと申すか」


「そ、それは」


「貴様ら蠣崎は殿の命に従えば良いのだ。聞けぬと言うならここでその首を刎ねてやろうか!」


 蠣崎の使者が次郎を睨み付ける。


「次郎、それくらいにしてやれ。使者殿、我が家臣の無礼は詫びよう。しかし明日の夕暮れまでに若狭守が来なければ新三郎の首がどうなっても知らんぞ」


「な!わ、若殿を!」


 まだ生きているんだけどね。


「いやいや上陸し終わって気が緩んだところを挟撃するとはなかなか良い将ではあったがな。それに勝山館にいた新三郎の子、卯鶴丸だったか、そいつも我が手の中だ」


「なんと卑怯な……」


 うん、まあ卑怯だよね。でもたまたま手に入っただけだから恨まないでね。


「何とでも言うが良い。重ねて言う。明日夕刻までにここに来いと伝えろ」


 遣いのものは何も言わず幕を出ていく。


「さて、蠣崎若狭守は来ると思うか?」


「謀殺するつもりであれば来ぬでしょうな。そもそも降伏の意思があればすでに来ておるでしょう」


 だよな。


「守綱叔父上がどうなっているか分かればもっと策を立てやすいのだがな」


「陰陽術でも使えればいいですね」


 依代、陰陽で言えば式神を飛ばしてか。さしずめ電波とスマホもこの時代から見れば同じようなものか。


「そのうちできるようになるかもしれんぞ」


「はは、殿もそんな冗談を仰るのですね」


 小国彦助が顔を綻ばせる。別に冗談でいったわけではないんだが、少し気が紛れたようなので良しとしよう。


 

大館 蠣崎若狭守光広


「それでどうだった?」


「は、阿曽沼に降ることは了承を得ました」


「ほぅ随分とあっさり受けたな。それでここにはいつ来るのだ」


 神童と聞いたが所詮十三ほどの童か。素直なもんだ。


「は、それが、殿が出向いてくるようにと」


「なに」


「明日の夕刻までに殿が来ない場合はこの大館を攻めると」


 このぉ、ふざけたことを言いよって。


「そ、それと若殿は敵に討たれ、卯鶴丸様も敵の手中に!」


「な、なんだと……」


 まさか新三郎が討たれただと。


「殿!申し上げます!木古内に上陸した敵が南から迫ってきております!」


 追い打ちをかけるかのように伝令が阿曽沼の別働隊が攻めてきていると知らせてくる。


「覃部(およべ)館の今泉殿が奮戦なさっていますが落ちるのはそう遅くないかと!」


「殿、ここは落ち延びて再興を図るべきではないでしょうか」


 河野加賀守が具申してくる。


「落ち延びてどうなる」


 メナシクルはすでに阿曽沼の支配下だ。いずれこの蝦夷全体が阿曽沼のものになるだろう。


「まだ二郎様(蠣崎高広)もおられますし、お得意の話術で夷共を手懐ければよろしいではないですかな」


「そうです父上!ここは落ち延びて夷の力を借りてでも兄上の仇を討つべきかと!」


「致し方なしか。夜影に紛れて大館を出てオトシベ(現:八雲町落部)に向かい再起を図る」


 大館がもぬけの殻と知られてはいけないと、脚をなくした河野加賀守が守将として残り、ほぼほぼ着の身着のまま、しかし夷共に取り入るためいくらかの宝具を持ち出し大館を出る。


「加賀守、仇は必ず取るぞ」


「は、お願い致しまする」


 加賀守に大館を任せて払暁のまだ暗い山筋をオトシベに向かっていった。

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