第三百三十二話 江差上陸戦

江差 阿曽沼遠野太郎親郷


 妨害があるかと思われたが、特に待ち伏せされていると言うこともなく、拍子抜けするものであった。


「抵抗がないな」


「城で迎え撃つつもりでしょうか」


 元服しこれが初陣となる小国梅助改め小国彦助郷忠がつぶやく。


「案外我らの威容に恐れをなしたのかも知れませんよ?」


 それに対して楽観的に応じるのはこちらも今年元服して初陣となる袰綿雪丸改め袰綿勘次郎郷治だ。


「二人とも、初陣で落ち着かんのは分かるがあまりはしゃぐな」


「ちっ、新兵衛(来内新兵衛郷之)だってこれが初陣だろうが」


「ぐっ!」


 何をやってるのか。


「毒沢次郎!」


「はっ、すでに周辺へ斥候をやりました」


「ん、ではとりあえずは警戒しつつ軽く休息を取らせるか」


 慣れぬ船旅であったから、ここで船酔いを治す暇が得られたのであれば有り難い。乗ってきた船の大半はとって返して守綱叔父上率いる木古内上陸部隊の輸送に向かう。


「くそう、次郎なぞに……」


 次郎は小姓の中で唯一戦を経験しているし、その初陣ももう少しで死ぬかも知れなかったわけだから少し肝が据わったか。


 一刻ほどして北にやった斥候が慌てて帰ってくる。北からということはアイヌか!


「何かあったか!者共、戦の準備をせよ!鉄砲隊は前へ!」


 小さな置き盾しか持ってきていないし陣地の構築なんて出来ていない、ほぼ無防備だ。慢心したな。


「て、敵だ!敵が攻めてきたぞぉ!」


「き、来ます!」


 いろんなところから集まったのだろうか、二百ほどのアイヌが剣や槍を手に走ってくる。数の差を気にしない辺り戦術を知らんのか挟撃で撹乱出来ると踏んだか……。


「出来れば穏便に同化したかったのだがな!撃ち方用意!滑車弓隊は矢の雨を降らせろ!またこれは蠣崎と連携している可能性があるぞ!」


 こうなっては致し方なし。前哨戦としてこいつらを血祭りに上げるしかない。


「心してかかれぇ!」


 采配を振るうと鉄砲から煙が立ち上り、戦が始まる。百丁の鉄砲に百本の弓ですっかり足を止められたアイヌの兵等に槍持の武将や足軽が襲いかかる。


「儂等を阿曽沼と知っての狼藉かぁ!」


 誰かが叫ぶが勿論知っているはずがないのだろう。鉄砲に怯んだアイヌはちりぢりになりながら、逃げ遅れた者が斬り伏せられていく。


「背後、蠣崎は出てきていないだろうな!」


 これが挟撃でなければ良いのだが、と思っていると後方で大砲が鳴る。くそっ!蠣崎の挟撃か!一方で大砲の音にアイヌの兵等は足を止める。


「蠣崎が来るぞ!さっさと始末しろ!鉄砲は後方に移動し蠣崎の襲来に備えよ!」


 ずっとこの土地にいるのだから現地のアイヌを動員するなんてこともそれほど難しくはないのだろうな。


「次郎!ここは任せるぞ!」


「殿!一体何を!」


「知れたこと」


 滑車弓を引き絞り、見えた敵にめがけ発砲と同時に五本ほど射る。続いて第二射第三射と打ちかけていく。鉄砲に較べて連射できるのがいいな。蠣崎の数はよくわからんが鉄砲と滑車弓の威力に足を止める者も居る。


「鉄砲がもう一射したら槍で突っ込むぞ!」


 刀で矢を払いながら声を張る。着上陸の瞬間ではなく大半の船が離れるのを待っておったか。なかなかやるな。


 「うおおお!その身なり!さぞ高位の武者とお見受けする!その首、もらったぁぁぁ!」


 そのとき身なりの良い徒武者が薙刀を手に突っ込んでくる。


「と、殿!くそっ!貴様等雑魚はさっさと死ねぇ!」


 後ろから毒沢次郎郷政の声が聞こえるが、そんなものより襲い来る徒武者に気を集中する。


「とぉりゃぁああ!」


 裂帛の気を吐いて徒武者が薙刀を振るう。槍で受け流し土を蹴り上げる。


「くっ小癪なぁ!」


 敵が怯んだところを全体重をかけて石突で突く。


「どっっせぇぇぇい!」


「ごふぅっ!」


 少し突き飛ばした隙で間合いを取る。


「俺は阿曽沼正七位下陸奥大掾遠野太郎親郷である!貴様の名を聞こう!」


「貴様が親玉か。儂は蠣崎新三郎義広だ!貴様の首を取れば我らの身は安泰よぉ!」


 なに!蠣崎の!と思ったところを薙刀が振るわれる。


「イィィィヤァァァァ!」


 躱しつつ、裂帛の気を猿叫の如く吐いて槍を振るうが薙刀の柄で受け止められる。やはり力では敵いそうにないな。俺を倒せば戦が終わるのは間違いではないから増援が来る前に俺を討とうってのか。


「正七位殿、いい目をしておるな!このような場でなければ頭を下げておったのだがな」


「なっ!何を言う!ここは戦場ぞ!それにそんなこと今更言うんじゃ無い!」


「齢わずか十三だか十四ほどと聞いていたがなかなかどうして良い面をしている!」


 敵からこんなことを言われるなんてな。こういうときどういう顔をしたら良いか分からない。分からないがとりあえず斬りかかろうとしたところ流れ矢が俺の左腕に刺さる。


「ぐぅ!」


「ははっ!天運は我に有りだな!貰ったあ!」


「まだだ!」


 槍を捨て身を翻し、間一髪で避ける。


「まだ終わらんよぉ!」


 矢筒から矢を抜いて蠣崎義広の左腿に突き立てる。


「ぐぅああ!」


 続けて立ち上がりざまに薙刀を蹴り飛ばし、蠣崎義広の左手を脇差で斬り飛ばす。槍を拾い足を払って左手首を踏みつけ蠣崎義広を制圧したころには乱戦も落ち着いてきており屍がそこかしこにある。


「降参するなら命ばかりは助けよう」


 肩で息をしながらそう言うと、腰に手をやろうとしていたので再度左手首を踏みつける。


「ぐああああああ!」


「縄を打て!」


 後ろ手には縛れないので簀巻きにする。


「殿、ご無事ですか!」


 全身に返り血を浴びた毒沢次郎郷政が水の入った竹筒と綺麗なさらしを手に駆け寄ってくる。


 水を受け取ると皮膚を少し大きめに切って矢を抜く。布を食いしばるが痛みに思わず声がこぼれる。幸い太い血管には刺さっていないようであまり出血してこない。水で洗って膏薬を塗った紙を当てさらしを撒いて貰う。


 続いてもう一度水を持って来させると蠣崎義広の手首を掴む。確り踏んでいたお陰か止血している。


「さてすこしだけ地獄だぞ?おとなしくしていろよ」


 蠣崎義広も何をされるのかと不思議そうだったが、傷口に水をかけつつ布で洗うと声にならない叫び声が上げる。


「動くなよ……左手が痛むんでな……」


「と、殿、なにを……」


 ある程度洗ったところで膏薬を塗った紙を貼り付けると改めて皆が驚く。何より蠣崎義広が一番驚いている。


「き、傷の手当てだと!気でも狂ったか!俺は敵だぞ!」


「何言ってるんだ。ここの戦は終わったし、貴様にはまだ使い出がある」


 そう言って引き立てる。


「勝山館まで案内せよ」


「殿!」


「次郎、分かっておる。しかし虎穴に入らずんば虎児を得ずというだろう」


「……わかりました。新兵衛、彦助、勘次郎!俺が前を守るから貴様等は殿の周りを固めろ!」


 次郎郷政の声に三人が慌てて周囲にくる。


「次郎、なかなか様になっておるぞ。お前今日から小姓頭な」


 一度戦を経験していたからか、なかなか頼もしいな。左腕をつるして勝山館へと向かった。

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