第三百三十話 敦賀商人と手を打ちました

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


「其方が川舟屋か」


「は、お、お初にお目にかかります川舟屋でございます」


 俺の顔をみた川舟屋がほっと安堵の息を吐く。大方若すぎる当主で足下を見ているのだろう。


「我らの戦いはどうだったかな?」


「は、あれは素晴らしいものでございますな。どういったものかは分かりませぬが、あっという間に多くの船が沈められてしまいました。もし良ければあの船と武具を扱わせて頂きたく」


「莫迦を言う」


 川舟屋の都合のいい言葉を鼻で笑うとあからさまに不機嫌な表情を見せてくる。


「では我らをお呼びいただいたのはどういったご用向で?」


「うむ、一つ頼みたいことがあってな」


「はぁ、我らに出来ることでありましたら」


「そうか。では明へ船は出せるか?」


「み、明でございますか」


「能うか?」


「い、いえ今すぐというわけには……」


「そうか、そこの紙屋隆道、其方なら知っておろう、此奴は二つ返事で引き受けてくれたがな」


 そう言って視線を川舟屋の後ろにやると、川舟屋も体ごと後ろに顔を向ける。表情はこちらからは分からないがきっと驚いていることだろう。


「き、貴様は小浜の!そ、そうか貴様がこの儂を売ったのだな!」


 ギリリッ!と歯が割れそうなほどに強く噛み締めて川舟屋が紙屋を見る。


「なんのことやら。私は阿曽沼様に将来があると見たまでのことです。その際にたまたま上方で蝦夷行きの雑兵を集めているのを見たと申し上げたに過ぎませぬ」


「川舟屋、それでどうしたい?このまま蠣崎に与力するか?」


「へ、あ、いえあのような船を見せられましては手前共も是非阿曽沼様のお役に立ちたく……」


「ではもう一度聞く。明に船を出せるか?」


「い、急ぎ船を調達いたします」


「頼むぞ。それともう一つ、これは紙屋にも頼みたいのだがな」


 そう言うと紙屋と川舟屋が姿勢を正す。


「すでに当家の御用商人である葛屋には申し付けているのだが、鐚銭を集めてきてほしいのだ」


「鐚銭を、でございますか?」


 なぜそんなものをと二人して首を傾げる。


「まあまずはこれを見てもらおう」


 三方に載せた一貫文の銭を両者の前に置く。


「これはまた随分ときれいな……」


「こんな良銭……」


「これは当家で私鋳したものだが、使えるか?」


 両者ともに目を丸くする。


「へ、へい使えますが、何分綺麗すぎますな」


「きれいではいかんのか?」


「ある程度くたびれたものでないと偽物と思う者が多ございます」


 あれか新札のドルは信用されない的な。偽物が多すぎるんだな。


「そうか、なら尚更古くなった銭や鐚銭を集めてこいつと交換していけば良いな」


 インフレ起こっちゃうかもしれないけど仕方が無い。


「しかしそんなことをしては阿曽沼様が儲かりませんでしょう?」


「ああ、そういうのは問題ない。すべての銭を一対一で交換するので、其方等の手を借りたいのだがな」


 国内で私鋳されたものなら金銀が抽出できてその分は儲けになるわけだし。


「しかし阿曽沼様がこのような見事な銭をお造りになるとは……知っておれば蠣崎になど与しなかったものを……」


「川舟屋さん何を仰る、蝦夷を得てボロ儲けじゃぁ!って吠えておったと聞いておりますぞ」


 紙屋が茶化して川舟屋と一触即発になる。仲良くという意識は無いのだろうな。


「過ぎたことは良い。それよりもこれからだ。川舟屋、二度は無いからな?」


「へ、へい、肝に銘じて起きます」


「よろしい。では二人に当家の湊を使う朱印状を渡す」


「蝦夷の湊にも入れるのでしょうか?」


「勿論だ」


 本当は入植者もほしいがあまり派手にやると蝦夷の民と諍いが生じるからな。いずれ起きるのは避けられぬだろうがなるべく緩やかに同化したいものだ。



十勝大津 狐崎浦幌介鯛三


 月に一度、大槌から船が入る。それ以外にも急ぎの事があれば船が来るようになり、大槌や遠野で何が起きているかがだいぶ分かるようになってきた。


「蠣崎に与する商人の船を十勝守様が一網打尽にしましたか」


「ああ、それはもう見事なものでな、一方的ですらあったぞ」


 眼の前に居るのはなぜか釜石を任されているはずの長兄、狐崎祐慶だ。


「それで兄上は何故ここに?」


「巡察使としてきたのだ」


 巡察使……領内各地を巡って問題など無いか確認する役人ということらしい。ここは今のところ細かい喧嘩はあるがそれ以上はないな。


「それにしても霧が酷いな」


「ああ、それはそうだね。ここも酷いがここから東に行ったクシロなんかはもっと霧が濃いそうだよ」


「それでは安全に湊には入れぬな」


「そうなんだよね。どうするかな」


「まあ見えなくとも聞こえはするかもしれないだろ?」


「あー確かに。だけどさ、そんな大きな音を出すなんて無理だよ」


「帰ったら工部大輔様に相談してみるよ」


 工部大輔様か、なら何かしら作ってくれるかもしれないな。


「それは有り難いんだけど、遠野で使ってるって言う蒸気、あれは無いのかい?」


「あるぞ。蒸気を修理できる者も連れてきている」


「ほ、本当か!助かる!」


 蒸気がどんなものかは分からないけどずいぶんと便利な物だとは向こうから来た者から聞いている。


「ちょっとまて、今下ろしているからな」


 油紙に包まれた大きな物がいくつか陸揚げされる。


「ずいぶんと多いのだな」


「重いのでいくつかに分けている」


 梱包を解かれて組み立てが始まる。


「組み立てが終わるのには二刻ほど掛かるから町と城を見せてくれ」


 そう言う巡察使である兄の言葉で大津の町を案内する。


「何というか沼なのだな」


「ええ、城を作るときにでる土で埋め立ててはいますがなかなか水はけが悪く……」


 溝をたくさん作っているがなかなかすっきり排水されない。


「なるほどな。では早めに水を汲み上げる機械を持ってこれるよう、殿に進言しておく」


「水を汲み上げる機械?」


「ああ、これも蒸気を使うんだ」


「便利な物だな」


 そんな水を汲み上げる物があれば沼みたいなこの土地も改善するだろう。最後に大津の裏にある山、というか丘にできた十勝大津城に登る。


「町に較べて城が立派すぎるな」


「俺もそう思うが、ここが蝦夷の拠点になるのだから確りした物を作れと殿に言われてな」


「そうだな。まもなく蠣崎との戦が始まるがそのあとは我らに反抗的な蝦夷の村を押さえる戦いになるだろう」


「殿からはなるべく穏便にやるように言われているが」


「どれだけ穏便にやろうとも戦になるときはなるだろう」


 確かにそうだな。


「じゃあ今日から稽古の量を増やすか」


「おう、それにまもなくこの地の守りを担う兵等を二百だが送りこんでくるようだから頼むぞ」


「そいつは助かる」


 それだけ来るならこの地の民と併せて三百ほどの兵になるか。なんとか守ることはできよう。


「ん~!早く戦にならねぇかな。腕が鈍っちまうぜ」


 俺の声に兄上はカラカラと笑った。

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